#7

 五、六時限と立て続けに時空を超え、ついでに掃除の時間も超越してやってきました放課後。そしてこんにちは二連休。そう、たとえ“ゆとり”と罵られようが、この土日の二連休は何者にも譲れないぜ。
 手短に荷物をまとめ、いざ。手始めに後ろで荷物をまとめているジュンに声を掛けておこう。その隣に居る馬鹿はとりあえず後回し。
「よし、ジュン! 帰ろうぜ!」
 しかし、ジュンの反応はあまりにも普通すぎた。
「あ? 確か居残りだろ、スグル」
「は? 何で?」
 無駄にとぼけてみた。だって二連休だぜ、二連休。来週にはGWもあるし、最高だね週末。やめらんねーよ、ゆとり教育。その分馬鹿が増えて困るが。
「つーか、マジで今回“も”サボるとダブり決定だろ。一応親友であり腐れ縁な私としては残ることをお勧めするよ」
 今回“も”とは失敬だな。俺を勝手に前科にするんじゃねえ。いや実際前科なんだけど。白状すれば、一度すっぽかして三人で校門を出てわずか二歩、橘先生があら不思議、目の前にいらっしゃるではありませんか現象により連れ戻された、という話。
 しかし、あのアケミが正論を言うとは何事か。明日はついにあの恐怖の大魔王が地球にやってくる日なのか?
「どうした、アケミ? いつもの覇気がないぞ?」
「べ、別に、いつもと同じキュートなアケミちゃんだろ」
「いやいつもキュートさは全然だから」
「……何だって?」
「いやいつもキュートさは無い」
「断言すんなっ!!」
 痛っ。何かグーで殴られた。まったく、正直に話しただけなのに。
「ま、オレとしても一緒に進学したいからな。校門で待ってやろうか?」
「いや、何時に終わるか分からんないから先に行ってていいよ」
「そうか? ――何だか今日は全然お前と一緒に居なかったから、オレ、寂しいんだよな」
 まずい。まだクラスに残っている一部の女子たちが顔を赤めてひそひそと噂話を開始したぞ! これ以上爆弾を投下されたら俺の学園生活に影響が及ぶかもしれん。
「せめて夜だけは……オレを満足させてくれよな?」
「あー! あー! 聞こえなーい! 俺にはなーんにも聞こえないぞ!!」
 耳を塞ぎ絶叫する俺。しかし時既に遅し。やっぱりとか前深夜近くに家から出たのを見たとかさらに一部の女子は興奮しすぎと言うか妄想しすぎて鼻血騒ぎまで起きている。アケミでさえジュンのこの発言には思わず引いたみたいだ。
「お、お前ら……いつのまに……そんな……」
「信じるな馬鹿」
「ば、馬鹿だと!? てめーにだけは言われたくないねっ! 三百回くらい死んでしまえ!」
 そう捨て台詞を吐くと、鞄を持って教室からアケミは出て行った。なんつーか、今日も意味不。
「……ま、アケミはああ言ってるけどよ、多分オレと同じ気持ちだからな」
「はあ!? あいつが?」
「何驚いてんだよ? 留年すんなって話だ」
 ……あ、そっちね。びびった。
「――なんだ。夜に満足させてのことだと思ったのか?」
「なっ、違っ!!」
「ははは」
 くそう、まさかジュンにからかわれるとは。
「ま、とにかく頑張って早く終わらせろよ。夕飯作って待ってるぞ」
「お、おう。因みに今日の飯は?」
「ミートスパゲティー」
 む。微妙にしょぼい。まあハンバーグに比べれば全て劣るのは否定できないけどね。そう、ハンバーグこそ全ての料理の頂点に君臨するお方なのだ。特にジュンの作るハンバーグは最高だ。俺は三食ハンバーグでも生きていけるね。多分。
 ジュンも教室から出て行き、教室には俺の他にまだだべっているクラスメートが数人。まあ放課後教室に残る意味はほとんどないからすぐに帰るだろう。俺は鞄から筆箱を取り出して待機。橘先生が来るまで暇だから俺は携帯電話を取り出してゲームを始めた。



 教室に俺だけしか居なくなってからしばらくすると、
「お、ちゃんと待ってたわね」
 橘先生がやっと教室に現れた。時間を見ると四時十五分。文句の一つくらい言っておこう。
「遅いぞ先生、俺早く帰りたいんだから」
「はいはい。ま、早く帰れるかは浅羽くん次第だけどね」
 そう言ってプリントを一枚取り出す橘先生。やはりプリントか、と俺はさっそくシャーペンを装備。
「ちゃんと全部書かないと帰らせないからそのつもりでね」
 げぇ。酷すぎる。鬼畜だ。悪魔だ。いや悪女だ。
 橘先生からプリントを受け取り、いざ。

 問一 あなたと香織はどんな関係?

 フリーズした。シャーペンも落とした。冷や汗が穴という穴から吹き出たような気分だ。え? もしかしてもしかすると、昨日の出来事のことか? いやあれは嘘はついてないし、確かに橘先輩が俺を押し倒していたけれども、まだ付き合っていたりとかしてないし。今もまだお友達として友好的に会っている段階だし。
「どうしたの、浅羽くん? 難しい問題でもあったの?」
 にこり、と。俺の前の席に座って俺を覗き込む橘先生。確信犯の典型的なパターンだ。
「問一が分からないの? 大丈夫よ、選択問題だから。よく考えれば出来るわ」
 せ、選択問題だと? 俺はなるべく冷静に、ゆっくりと、何が書かれていても驚かないようにその選択肢を探してみた。

 @ 恋人
 A 婚約者
 B 将来を誓い合った仲

 全部同じ意味だと思う。いくら馬鹿な俺でもそれぐらいは分かるさ。じゃなくて!
「あ、あの、先生?」
「ん? 何?」
「ちょっとトイレ……」
「大丈夫よ、後でモップ掃除すれば」
 ちょっ!? ここでしろって遠まわしに言ってきたぞ!? 先生としてあるまじき発言。このプリントもだけど。
「ほら、さっさと選びなさい」
 ついに命令形になりました。俺に残された人生の選択肢はそう多くないようです。多分。
「さあ」
 うう……ちくしょう。どうせどれか選ばないと帰さないんだろ。
 覚悟を決めろ。
 俺は恐る恐る@のところに丸を書き込んだ。それを見て橘先生はにこり。
「違うでしょ? B番でしょ?」
 その根拠はどこにあるんだよこの年齢詐称者め。いや口に出して言うなんてそんな自殺理由はいらないからもちろん心の中で叫んださ。変わりに言ったのは、
「トイレに行きたい」
「大丈夫よ、保健室には大人のパンツがあるから」
「いやあっても今はいてないから、意味ナッシングだから」
「じゃあ武道館に洗濯機があるから、それを使えば?」
「でも今部活中だし、使うと邪魔になるかもだし」
「夜誰もいなくなったら洗えばいいじゃない。家庭で経験済みでしょ?」
「いやいやいやいや、忍びでやったら警備の人が来るって」
「大丈夫よ、あそこは穴場だから。結構あそこで夜な夜なカップルがいちゃついてるのよねー」
 なおさらそこで洗濯できるかっつーの。
「……帰りたい」
「帰りたいならさっさと問題解いていこーね」
 ちきしょう。どうやら次の問題で最後らしいのが唯一の救いか。でも文を読むのはかなり冒険。どうせろくな事が書かれていないに違いない。しかし早く帰ってこの拷問から開放されたい。
 問題を読む。

 問二 もうやっちゃった?

 やったって何を!? いやいやいやいや、やってませんから! まったく。やっちゃったって、ねえ。俺が何をやったというのか、よく分かりませんねえ。この問いだけは俺の財産の全てをかけても否定できるね。というわけで俺はNOと書いた。
「ふーん、そっかー、なるほどねー」
「な、何でしょうか?」
「昨日香織と少しだけ話はしたんだけど、そっかー。やってないのかー」
「当たりまえじゃないですか。まったく冗談がお好きですなあ先生は」
「香織はもうやっちゃったって言ってたけどねー」
 ……え?
「色々と」
 何を。
「――心当たりは本当に無い?」
 無い。無いに決まっている。俺の貞操はまだ守られている。何を言っているんだこの先生は。いい加減怒るかも。
「――なーんてね。ちょっとカマをかけてみただけよ。これで本当にやったって言ったらぶち殺してた所だわ」
 あっぶねー、びびってたら殺されるところだった……。まあさすがに殺されるようなことにはならないとは思うけど、残りの余生を病院で過ごしたくないからな。
 橘先生はにっこりと、
「今回はこれだけで勘弁してあげる。授業はちゃんと聞くのよ」
 まったく、親子揃って何考えてやがる……。俺は終始苦笑いするしかなかった。



 やっと橘先生の束縛から解放されて教室を出ることに成功。さて、俺は土日の二連休をどう過ごすかで頭の中をいっぱいにして校門を曲がると、
「浅羽君」
 なんと橘先輩に声を掛けられた。何故。携帯の番号とかメアドとか知ってるはずだからわざわざ待つ理由はないと思うのだが。
「橘先輩……?」
「来るのを待ってたの。一緒に帰りましょ?」
「うええ!?」
 な、何で!? いや付き合うのなら毎日一緒に帰るのは普通だが、橘先輩は一応学園の女神であり、たしか普段はいつも取り巻きの人たちと一緒に帰っていたような気がするが、今は先輩が一人だけ。これは一体どういうことが今起こっているのか!?
 橘先輩はそんな俺の様子に苦笑。
「なにそれ、あたしがせっかく二人で帰るために一人で待ってたのよ、大変だったんだから」
「いやその……ごめん」
「うん許す。これはあたしの我がままだから」
 そう言って笑顔を見せる橘先輩。うっ、不覚にも俺の胸がキュンとときめいてしまった。そうかこれが噂の女神の笑みか……今まで効かなかったが、改めて先輩は綺麗だと認識してしまった。
「じゃあ早く行こう? ここに居ると無駄に噂になるし」
「あ、ああ……そうだな」
 橘先輩と一緒に下校……何だか緊張する。ワクワクドキドキな展開がというより、主に不幸関係な展開が待っている確率が高い気がしてならない。
 気のせいならいいが……。
「浅羽君って、どこら辺に住んでるの?」
「んー、金宮神社の近くの団地」
「金宮神社……ならスギカミ公園まで一緒にいられるわね」
「橘先輩はスギカミ公園の近く?」
「そうね。花坂商店街の先の住宅街に」
「なるほど」
 ということは俺と橘先輩のうちまで大体歩いて三十分ってところか。自転車なら十分ぐらいかな。意外に結構近い。因みにスギカミ公園から学校まで歩いて十五分程度。スギカミ公園から俺ん家までこちらも十五分程度。ちょうどお互い通学の中間地点にあたる場所みたいだ。
 そんな感じで、スギカミ公園まで俺と橘先輩は適当に会話を続けた。ここよく野良猫がいるんだーとか、学生がよく買い食いしている駄菓子屋でフリックスを買ったりしたり、今日の玉置の例のアレは一体何で出来てたんだろうと一緒に考えたりしていたら、
 あっという間にスギカミ公園まで着いてしまった。
「でさ。浅羽君、明日暇?」
「明日?」
 確かまだ予定は組んでいない。まあ今日の夜あたりにあいつらと一緒にだべってる時に話題になるから特に問題はないだろう。
「たぶん暇だな」
「そう? じゃあ明日私と遊びに行かない?」
 まあ予想はしてたけど、こちらとしては断る理由はない。
「いいけど、どこ?」
「それは秘密」
 秘密、ねえ。ここいらで遊べる所といってもそんなに多くないし、電車でちょっと都会の方までいくのだろうか。
「分かった。何時ぐらいに待ち合わせする?」
「十一時ジャスト。場所はここの噴水あたりでどう?」
「了解」
「じゃ、また明日」
「おう」
 夕日に映える先輩の黒髪を見送って、人知れずため息。
 また明日、か。
 やっぱりデートなんだよなこれ。……やべえ。今更ながら不安になってきた。うわー、やっべーよ、俺女の子と二人っきりで出掛けたことねーんだよ、何着てきゃいいんだよ、金はやっぱり俺が持つのか、いや俺はどこに行くのか聞かれてないから別に俺がリードしなくてもいいんじゃないか、でもそれだと男として情けないと言われそうだしやっぱり男としてというか男ってなんだ。
「うおおおぉぉぉ……!! 分かんねえ、分かんねえぞデートって……!」
 その時、携帯のメールの着信音が鳴ってびっくらこいた。
「うお!? ……って、何だジュンからか」
 ……ん? ジュン?
 俺の頭にピーンと何かが閃いた。困ったときはやっぱり親友に相談だよな。
 今日の夜にでも訊いて見るか。とりあえず俺は携帯のメールを読む。
 今夜は寝かさないぜ。
「…………」
 早く寝ろっと。
 こんなやつに相談して大丈夫なんだろうか。うーん。






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