#1 「なあにぃ!? 明日は遊べねえだとぉ!?」 俺はジュンの作ったスパゲティーを食べながらそういうことを説明すると、アケミは予想通り大声を上げた。それはそれはでかい声なので両耳を塞ぐ。因みにアケミ、口の周りがミートソースで汚れすぎているからな。なんか飛んできてるぞ。 「うっせーな。先約が入ったんだよ」 「雑草みたいにそこら中に生えてくるようなさもしい男に、そんな約束があるとは思えないね」 さもしいという単語の意味は分からなかったが、とりあえずアケミにグーでパンチ。そもそもアケミも意味を知ってて言ってる訳じゃないだろうから調べなくてもいいぞ。 「びにゃっ!? ってーな、やんのかこらぁ!」 「すまん、そこにアレがいたんだ」 「アレって何だよ!! またスライムか!」 「いや今度はスライムLv8の方だ」 「何ぃ!? 仲間を呼んでキングになっちゃうよ! ……って違う!」 「アケミ、そのノリ突っ込みは無理があると思うぞ」 ジュンが苦笑しながらアケミに突っ込む、いつもとあまり変わらない夕食。でも今日はちょっとピリピリしている感じだ。 「でも、オレら意外に友達なんて作っていないように見えるスグルに先約があるとはね。どいつ?」 「えーっと……橘先輩」 「なあにぃ!? ラクダとだとぉ!?」 ラクダ? 元ネタが分からん。 「――オレが思うに、ラクダのコブみたいに胸に脂肪を溜めてることを比喩してるんじゃないか?」 「――ああ、把握」 よく分かったなジュンのやつ。その理解力には感心するぜ。まあ俺はそんな理解力より勉強の理解力を上げたいがね。でも勉強はしたくないから困る。 「おいスグル!」 何だよ。大声で叫ばなくたって聞こえるよ。 「そこんとこ、詳しく聞かせてもらおうじゃねぇか」 「そこんとこって何だよ」 アケミはふんぞり返って、 「まず、ラクダと二人だけでか?」 「……さあ?」 思い返せば、別に二人だけってことは言ってなかったな。あの橘先輩だ。他に友達でも連れてきて俺をがっかりさせようと企んでいたとしても不思議ではない。 「さあ? とは何ださあとはっ!!」 バンっと机を叩くアケミ。やめてくれ、近所迷惑だ。 「まあ落ち着けって。オレからも質問いいか?」 「ん?」 「つまりだな……逆を言えば、オレ達も付いていっていいのか?」 「それだ! さすがだぜジュン! アケミポイントを三ポイント授けよう!」 「何だよアケミポイントって?」 「アケミポイントは100点集めるとアケミ様に一つだけお願いができるんだと」 「いつ作ったんだよ」 「昨日ジュンと一緒にコンビニに行ってる時。因みにスグルは今のところ一万とんで二億マイナスだかんね、せいぜい頑張ってくれや」 「何で俺の数字がおかしいことになっているのか一応詳しく」 あと数字の読み方がおかしいがそれはスルーしておく。 「ラクダと一緒にデートに行くからだっ!!」 意味が分からない。それはともかく、一応確認でもしたほうがいいかもな。デートだって俺が勝手に思い込んでいるだけかもしれないし。 「とりあえず橘先輩に連絡してみるわ」 「なあにぃ! 既に交換してあるだとぉ!!」 いちいちうるせえなこの下等生物。猿ぐつわでもかませてやろうか。 「ちょっとその携帯貸せ!」 「アケミ」 俺に襲い掛かろうとしたアケミに体を向ける。アケミは一瞬たじろぎ、 「な、何だよ」 「よく分かんねえけど、橘先輩に突っかかりすぎだろ。なんかあるのか?」 「べ、別に…………気に入らねーだけだよ。初めて見たときから、何か……嫌な感じがするんだ」 「はあ? とうとうスカラー波にでも当てられたか?」 「それはてめーの方だばーか!」 「ああ? ちょっとこっちこいチビ!」 「落ち着けって二人とも。まあいいじゃないかそんなの。誰にだって相性ってもんがあんだろ?」 それを言っちゃおしまいなわけで。 「とにかく、あいつと遊ぶのは絶対反対! どうしてもと言うのなら私を倒してからにしなっ!」 「オーケー、俺の攻撃!」 まあとりあえずこんなやつでも一応女の子だから手加減して座布団をアケミにぶつけた。 「きゃっ!?」 なぜか普通の女の子っぽい声を上げてアケミは倒れた。雑魚過ぎる。 「じゃあちょっくら電話してみるわ」 「ぐっ、ぬぬぬぬぬ……」 「ま、諦めて飯でも食っとけって」 「ちくしょう……スグルのやつ……! あんな胸だけで人の上に立っているようなやつに……! そんなに……そんなに巨乳が偉いのか!!」 何かほざいているがとりあえず俺は廊下に出て橘先輩に電話をかけた。さて。どうなることやら。 ☆ ☆ ☆ 大丈夫。全て計画通りに進んでいる。 あの時初めて出会ったときからのことを考えれば、明日の約束を取り付けれたのはむしろ進みすぎているぐらいだ。 思わず顔が緩んでしまう。 後は彼を立派な男に仕立て上げるだけ。そうね、あたしの為に命を捨てれるぐらいまでいけば最高。でも、そう、初めて会ったときはそれぐらい出来そうなくらい馬鹿な男だったのに、今は何だか腰抜けで間抜けな使えない男に落ちぶれているのが気になる。やっぱり環境が急に変わり過ぎて戸惑っているのかしら。 なんにせよ、最終的にはあたしの為に生きてくれないとね。その為にはまず一度骨抜きにしてみるもの悪くないかもしれない。いや、まだ早すぎるか。 携帯が鳴った。 「――誰? こんな時に」 着信画面を確認すると、まさにその彼からの電話だった。まさか電話が来るとは思っていなかったあたしは、一瞬戸惑いつつも通話ボタンを押した。 「もしもし?」 『ああ、橘先輩?』 「まさか浅羽君から電話をしてくるなんて思わなかったわ。ちょっとびっくりしちゃった」 『いやまあちょっと、明日のことで一応聞いておきたいことがあるんだけど』 ――? 何だろう。目的地のことは秘密って言っておいたし、時間も場所も伝えたはず。他に何があっただろうか。 「いいわよ、何?」 『えっと、明日友達が一緒に行きたいって言ってきたんだけど……だめ?』 「…………」 まさか。ここまでへたれ君だったとは。 「駄目よ」 『え?』 「これはあたしたち二人だけのデートなのよ。邪魔されたくないわ」 『あ、ああ、ごめん。変なこと聞いて』 「それだけ?」 『……う、うん』 「じゃあまた明日」 あたしは最後まで浅羽君の言葉を聞かずに電話を切った。まったく。どこまでもあたしの予想を裏切ってくれる。まあそれはそれで落としがいのあるのだけれど。 とにかく、これでは当初の予定通りに行かない。見直しが必要ね。 浅羽君が言っていた友達と言うのは、やはり霧島純と日暮明美の二人のことだろう。霧島はとりあえず今のところは放っておいても問題はないだろうけど、日暮の方はちょっと厄介ね。例え浅羽君が付いてくるなと言っても必ず付いてくるだろうし。邪魔されると面倒なことこの上ないわ。 「……邪魔されない場所に行くか、それとも……」 どこか遠くへ行ってしまおうか。それもいいかもしれない。 でも念には念を入れておく必要がありそうね。 あたしはまた携帯を手に取り、あの人に連絡を取る事にした。 ☆ ☆ ☆ 電話が切られたのを確認すると、俺は盛大にため息をついた。やはり二人っきりのデートなのか……。こいつはいよいよやばくなってきたって感じだ。 リビングに戻ると、アケミがやけ食いをしていた。これでもかって位にパスタをフォークに絡め、まるでマンイーターのように口が裂けるくらいに大きく開けて放り込む。巻ききれなかった麺が口髭のように垂れ下がり、それを豪快にすすって咀嚼する。そのせいでアケミの口の周りは最悪に汚れ、もはや乙女として生きていけないくらいのあるまじき失態をさらしている状態だ。 こうなったアケミは手が付けられない猛獣そのもの。前に一度ジュンが誠意を持ってハンカチで口を拭おうとしたが、逆に手を噛み付かれるというトラウマを植えつけたくらいだ。そのジュンは既に自分の分の食器をシンクで洗っている。まあ気持ちは分からんでもないが。 まったく、何をそんなに怒っているんだか。 アケミは俺がリビングに戻ったことに気づいた。ちゅるんと麺を口に吸い込んで、 「……で、ラクダは何だって?」 「ああ、駄目だってさ」 「ああそうかい! いいよいいよ、二人っきりで行ってこいよ! そして二度と帰ってくんじゃねえ!!」 何ぐれていやがるんだこいつは。まあよくあることだし、明日には機嫌も直ってるから大して気にしないけど。 とにかく、こうなった以上明日のことでなんとなくイメージ的に参考になりそうなジュンにアドバイスでも貰っておこう。俺はシンクに行きジュンに声を掛けた。 「まあそういう訳だから」 「ま、そういうことなら仕方がないけどよ、オレとしてはスグルがオレから離れていくと思うと、やるせないんだよな……」 またこいつはそういうことを言う。 「――で、ちょっと相談なんだけど」 「ん? 何だ? もしかしてデートと聞いて怖気づいてんのか?」 「うっ――、ま、まあそんなとこ」 「そんなのいつも通りでいいだろ。デートのときだけ格好よく決めようとしたってバレるに決まってるし、何より普段のお前が好きだって場合もある。でも、決めるときは決めろよ。キスをする雰囲気でしなかったら即終了だ」 「……お、覚えておくよ」 「――そういやお前たちどこに行くんだ?」 「いや、それが教えてくれなかったから俺は知らない」 ジュンはふーん、と唸り、 「ま、何はともあれ、良かったじゃん。あの先輩が彼女なんだろ、もっと自信持てって」 「まだ彼女じゃないから」 とはいえ、なーんか、全然嬉しくないんだよね。何でだろう。例えて言うならRPGで超レアアイテムとも知らないでいつの間にか手に入ってる系の、なんとも言えない気持ちと同じみたいな嬉しさかも。いやそれと同じにしちゃだめか。 ……普段通り、ね。 普段と違う状況で普段通り振舞うのは結構大変なんだけどね。でも、頑張るしかないか。橘先輩は俺のことを好きだって言ってくれたんだし、それには答えないと。 |