#6

 橘先輩に付いて隣の部屋へ。大体、ここはどういう目的で建てられたのか。まず目に付くのは調理スペース。ガス水道完備、フライパンからさじまで完璧に用意されている気がする調理道具等が壁とかに掛けられている。フロアの半分くらいで対面式のシステムキッチンのような区切りがされていて、残りの半分は試食できるスペースだろうか。イメージはレストランにあるソファー調の椅子にテーブル。これってなんて言うんだっけ?
 まあそんなことはどうでもいい。
 どうやらVIP料理というのは生徒会の人達が創作する料理を試食することだったらしい。過去に言われているような超ゴージャスなメニューも確かにあったようだが、はてさて今回は何が出てくるのかな。少しワクワク。
 俺たちがソファーに座ると、玉置はキッチンのところにある冷蔵庫に行き、何かを取り出した。何か、というのは、文字通り“何か”だ。
 まず、色が緑色。形は球体が重力でやや潰れたような楕円形。ゼリーかもしれないが、普通よりちょっとでかい気がする。とにかく、玉置が歩くたびにプルプル震えている。
「……どうぞ。新作のぶよぶよです」
「ぶよぶよっ!?」
「なるほど。既存の超有名な落ち物パズルゲーム、ぶよぶよに登場する緑ぶよをモチーフにしたのか!」
 なるほどって……何納得しているのか堂園さん。
 しかしなぜ緑。よく見るとなんだか残念そうな顔が描かれているが、全然可愛くないな。
「……二つくっつけると、――いえ、何でもありません」
 な、何だよ。二つくっつけると何が起きるんだよ!
 玉置がテーブルの上にぶよぶよを置く。全員が注目する謎の宇宙生命体X。何だろう。味はブドウか何かだろうか。大穴でメロンとか。別に大穴でもなんでもないが。
「――頂きます」
 そういったのはなんと山戸。いつの間にかに手にスプーンを持って攻撃。
 しかし、ぶよぶよはその衝撃で皿から落ち、跳ね、飛んでいった。
「…………」
 恐ろしく跳ねる。ぼよん、ぼよんと跳ね、壁にぶつかってもさらに跳ねる。まるでスーパーボールだ。
「……よく跳ねました」
 いやその結論はどうよ?
「……ま、まあ、とにかく。――鈴、あれって何で出来てるの?」
「…………愛情」
「愛情はスパイスだ!」
 はっ! 思わず玉置のボケに大声で突っ込んでしまった。シーンと静まり返って一同俺を見る。そして、ぱちぱちと何故か生徒会メンバーに拍手された。
「鈴のボケに神速で合わせるとは。これは素晴らしい人材だな」
 いやあの別にそんなつもりでは……普段からアケミのボケに慣れているからついやってしまっただけなのに。
「……あーちんって呼んでいいですか?」
 鈴に何かニックネームを付けられてしまった。まあ呼び方は自分だと分かれば特に何も言わないんだけど……。あーちん。うーん。
「それならあーちゃんがいいな」
「――分かりました、あーちゃん」
 うん、何かいいね。まあなんでいきなりニックネームで呼びたがるのかは知らないけれど。
「おめでとう、浅羽君」
「いや全然おめでたくないんだけど?」
 何故か俺に聞こえるように耳打ちを始める橘先輩。
「鈴は自分が認めた人には愛称で呼びたいらしいの。初めて会ったに等しいのに愛称を付けられるなんて奇跡みたいなものなのよ。分かる?」
「分かりません」
 そもそも初対面だし。そんなに会話してないのにその人のことが分かるなんて出来るわけがないじゃん。
「……ま、とにかく鈴とは仲良くしてね。悪い子じゃないから」
 そう言って耳打ちを終わらせた。何だか釈然としないもやもや感があるが、まあそれよりも。
 山戸さんが、なんとなく怒っていらっしゃるような気がする。
「……とりあえず、おふざけは、これでおしまい。……本当の新作をどうぞ」
 と言って新たにお皿を持ってきた玉置。その皿には大きめの、バースデーケーキ並みのチョコレートケーキだろうか。おそらく生クリームで出来たデコレーションにショコラパウダーがたっぷり振りかけられており、人数分に切ったその断層は三層になっていて、スポンジ部分にはなにやらピンク色をしたムース部分がある。
 普通にうまそうなんだけど。
「……桜を、少し入れて作ってみました」
「へぇー。とても美味しそうね。じゃあ頂きましょう」
 橘先輩の合図で一同試食。俺も遅れて一口。
 口に入れた瞬間に広がるチョコレートの香り。その中に弱々しく、儚く散る桜の花びらのごとく桜の風味が鼻を通り抜ける。とはいえ、基本部分はチョコレートケーキだから甘い物が好きなら普通に美味い。
 このチョコレートに最初に反応したのは橘先輩だった。
「うん、結構いけるんじゃない? 桜とチョコレートって意外と合うわね」
「――すごいです、玉置先輩」
 何故か尊敬の眼差しで玉置を見る山戸。そういえば甘いものが好きらしいからな、こういうのが作れる人に憧れるのだろうか。
「うむ、これなら学食のメニューに出してもいけるな」
「それも悪くないですが、少し時期が合わないかと」
 向こうの男たちはなにやら商売的な相談をしている。まあでも、これを売るとなると三月から四月上旬の微妙な時期になるんじゃないかなと。いや、というか、ここで疑問が。桜ってもう全部散ってあるはずなんだが、この桜はどこで調達したものなんだろ?
「…………」
「――?」
 な、何だ? また玉置にちらちらと見られている俺。反応か? 俺の反応が見たいのか? いやまあ確かにこれはあくまでも試食であり、やはり感想を言わないと駄目なのかもしれないが、なんて言えばいいのか俺には見当も付かないわけで、詰まるところ俺にはそういった専門的な、例えば○○の宝石箱や〜みたいなカオスな例えをすぐに表現できるわけがない極々一般的な高校生男子のちょっとアレな感じの人間であるからして。
 誤魔化すために一口。
「――すごく美味いな」
 パッとひまわりのような笑顔を浮かべる玉置。うーん、やはりなんとなく料理評論家のような例えをいってやりたいというのが素人特有の浅はかな考えだけど、作った側としてはこういった素直な感想がいいのだろうか。
「……次、行っても、いいですか?」
「!」
 次と言う言葉に反応した山戸。食い意地張りすぎだと思う。怖くて口には言えないが。
「あ、まだあるんだ。今日は張り切ってるわね」
「……うん」
 キッチンのほうへ玉置は向かう。次にあらかじめ調理済みだと思われる鍋から中身を皿に移す。中身は残念ながらここからでは確認できないが、なんとなく期待。そして移し終えた玉置はこっちに向かってきた。
「……!?」
「……お待たせです」
 一同例外なく凍りついた。なぜなら皿の上に盛ってあるのは、誰がどう見てもモザイク推奨、闇鍋のごとく何でもかんでもそこに放り込んで出来た料理下手な人間が行き着く結論、腹に入れば皆同じというまさしく料理人の逆鱗に触れること請け合いの、というか既に食べ物と言うより何というかとにかく食べ物じゃないんだ!
 それはやっぱり緑色で、ぷくぷくと謎のガスを発生していて、何故か玉置は笑顔で。
「……召し上がれ」
 俺たちに死ねと言った。聞き間違いではない。確かに死ねと、――ニュアンスで言った!
「え……えっと、鈴。一応聞くけど……これは、何?」
「………………残ったぶよぶよの素で、ベトンスライムを」
「あれ猛毒攻撃をするモンスターだからモチーフにしちゃだめだろっ!」
 思いっきり突っ込んでやった。現実的に考えて猛毒が入っているわけがないが、見た目も臭いもこれは食べられませんという注意書きを添えないといけないことは素人でも分かる。
「……でも、もしかしたら美味しいかも、ですよ?」
 作った本人がそういうこと言わない。
「――あ! 私、今日の午後小テストがあるんだった! 一応勉強しておかないと!」
「お、おれ達もあったな、小テスト! 新井、頼む!」
「わ、分かりました。教えればいいんでしょ、教えれば」
 お、おい! ぜってー逃げるつもりだぞ先輩たち! 卑怯くせえ!
「……たっちー、勉強しなくても、いつも満点取るのを自慢してたのに?」
「あ……ぅ……に、苦手教科なのよ!」
 あの橘先輩がものすごく苦しい言い訳をしている。これはもの凄く珍しい光景だ。
「じゃ,じゃあ会長! 先に失礼します!」
「あ、ちょっと!」
 そそくさとこの部屋から二人は出て行った。仕事が速すぎる。俺も何か言い訳を考えておかないと……。でもテストをやる予定はないし、何か午後に――
「――おいしい」
「え゛!?」
 山戸だった。おいしいと発言したのは。山戸の方を向くと、何だか目を輝かせながら恍惚した表情で謎の物体を食べていた。おいおい、マジかよ。
「……山戸?」
 思わず声を掛けてしまった。だが山戸は現実世界からトリップしているのか無反応。助けを求めるかのように橘先輩の顔を見たが、肩を竦めて私にも分からないわと意思表現。多分。
 また橘先輩が耳打ちを始めた。
「鈴って、普段はちゃんとした料理を作って皆に食べさせているんだけど、たまーに、ああいった変なのを出してくる時があるの。一応私は鈴の親友だから食べてみたことがあったんだけど……結構やばかったわ」
「まあ、そんなことだろうと思ったけど……山戸の反応を見ると、食べれないことはないみたいだな」
「――じゃあ食べてみれば?」
「え?」
「きっと美味しいわよ?」
「いやなんとなくオチが読めるから遠慮しとく」
 その時、俺たちの目の前に緑色をした、とてもとても甘ったるい香りを発しているこの地球上に存在しない物質で出来た何かを突きつけられた。もちろん玉置に。
「……おいしい、ですって」
 俺の背中に過去十五年分の冷や汗が流れたような気がした。俺は顔をものすごく引きつらせて、
「あ、ははははは……そ、そうか、よかったな?」
 にっこりと。
「……はい、あーん……」
 いつの間にスプーンを持っていつの間にそのスプーンに謎の食べ物を装って玉置が何だか幸せになりそうな呪文を唱えた。
 どんどん近づいてくる。緑色の不自然にどろっとした何かが俺の意思とは無関係に俺の口に寄ってくる。何で俺なんだよ。隣の橘先輩でもいいじゃないか。やめろ、やめてくれ、頼む! そんな無邪気な笑顔で物騒な物を近づけないでくれえぇ……!!
 とにかく落ち着こうじゃないか。力ずくでやめさせることも可能だろうが、なんとなくそれをやると後味が悪い気が。
「……えいっ」
 ぱく。冷静になっている間に俺の口に放り込まれてしまった。
「………………………………………………………………………………………………」
「――浅羽、君?」
 橘先輩の問いに、俺は必死になって応える。
「……………………………あ」
「あ?」
 大声で、
「あっまあ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ぁいっ!!!!」
 死ぬかと思ったね。因みに俺はこの後速攻でトイレに駆け込んで吐いた。本当に甘すぎる物を食べると気持ち悪くなって叫ぶどころではないが、そこは俺の芸人魂を見せつけた感じだ。
 しかしながら、何で山戸は平気だったんだよ。もう味覚が逝っちゃってるとしか思えない。
 そんなこんなで、俺は残りの昼休みの時間をずっと保健室にお世話になった。






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