#5

 俺は今四時限目の授業の国語を受けている最中だ。窓際後ろから二番目という好ポジションを取っている反面、次の戦争には生き延びれない可能性も十分に高いのもあって、いつもなら寝ているところをこの時ばかりは椅子から半分お尻を出して特攻できるようにしている。
 が、俺はそういうスタートダッシュの構えをせずに、ぼーっと窓からグラウンドでソフトボールをしている他クラスの女子たちの授業風景を見ている。別にいかがわしい理由ではない。橘先輩が学食のVIP席を予約しているからだ。
 噂でしか聞いたことがないからこの情報が正しいのか知らないが、学食のVIP席は基本的に生徒会の特権として与えられるいわば専用席。しかも学食では売っていないメニューも多数、いや、VIP専用のゴージャスなメニューが用意されているのだ。確認されているものだと、ネギトロ丼に巨大天丼、サイコロステーキに定食ランチΩ(オメガ)、デザートに至ってはシャーベットを始め、ケーキやパフェなどおおよそ高校の学食とは思えないぐらい充実している。その材料はどこで仕入れているんだろうかと無駄に心配になる。
 もちろん一般の生徒も事前に申請すればVIP席で食べることは出来る。その際、条件として「成績が優秀である」「規律を常に守り、かつ生徒や先生に仁徳がある」ことが審査される。端的に言えば、生徒会に入れるレベル、それも生徒会長並の生徒ではないとVIP席では食べることは出来ない。
 そのVIP席に、俺は招待された。普通に考えて遅刻届けを四つも貰っている時点でVIP席で食べることは一生不可能であるところを、である。
 どんなメニューがあるんだろうと色々思考を巡らせていると、外で気持ちのいいくらいの甲高い金属音が響いた。きっとホームランだろうな、とグランドのバッターに目をやる。
 他の女生徒と区別できるくらい伸びている黒髪と、どことなく見たことのある体躯が印象的な少女だ。因みに体操着はブルマだ。まあ確かにエロい装備品だが、あれで結構動きやすいものらしい。ハーフパンツでも同じようなものだと思うのだが、一体誰がブルマにこだわっているんだろうね。校長かな? 全ての決定権は校長にあると言っても過言ではないし。例えば校長が明日はお休みだと言ったら明日は休みになるくらいの超俺ルールも可能。その分、生徒、教師を含む全ての学校の不祥事は校長に責任がくるけどね。
 そして次に権力があるのが、実質的に生徒会執行部生徒会長。生徒による生徒のための組織はだてじゃない。校則の審議、制服のデザインを始め、各部活動の予算、新設、廃部などの決定権、その他前述に書いたこと全ての諸権利を校長に物申すことが出来る。校長より疲れそう。そう思うと、橘先輩が尋常でないというのが容易に想像できる。確か成績もほとんどトップテン入りをしているはず。一体いつ休んでいるんだ。
 ホームランを打った女子がホームに戻ってきた。……うん、たしか今日も会ったよ山戸撫子さんだ。まあほんと、撫子のイメージとは程遠い存在感。しかもホームランなのにあの盛り上がらなさといったら。見ていて悲しくなる。まあ女だけだからね、無理もないか。あそこに男がいたら……どうなるんだろう。
「……あれ?」
 山戸を見失ってしまった。あの特徴的な長髪を見逃すはずはないのだが……いない。少なくともグランドには。
 いつもなら本当にどうでもいいことなのだが、なぜか気になってしまう。何だろう、この感覚。気持ち悪い。
「――浅羽く〜ん、聞いていますか〜?」
 俺の机の横に橘先生がいらっしゃった。目だけ先生の方に向ける。が、どうしてもお胸様だけが見えてしまう。俺はすぐに見なかったことにした。あの魔力にやられたら二度と戻れなくなりそう。
「……そうですか、浅羽くんは空を自由に飛びまわりたいんですね」
 さすがにこれには振り向いた。やばい。何故かにっこりと俺を見下ろしている橘先生の後ろには「一学期の成績はつけないから」という心のセリフが浮かんで見える。
 成績がつかない=評価不能=問答無用で留年。留年だけは絶対に阻止しなければ。
「今日の放課後、居残り」
「……うっす」
 あえてあまり喋らない取引。要するに補習。たぶん今回もプリント形だと思われる。今回もというのは、過去に一回居残りで補習をしたことがあるからだ。俺の後ろでくすくすと笑っているジュンとアケミがちょっとむかつく。悪いが今日はお前らとあまりつるめなさそうだぞ。
 ふと、
「……?」
 窓の外に、違和感。何だろう、獣のようなスピードで校舎の方に走っていった物体は……。
 ――気のせいか。
 そう結論付けたと同時、四時限目の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。



 俺は二人に今日は一緒に食えないことを告げると、まあどうせアンパンしか買えない奴だからそれでいっかと言うことで承知してくれた。なんだろうね、これが友情ってやつかな。あれ? おかしいな。目から汗が。
 目の汗を拭い、俺は学食に向かって一人で歩いていく。途中の廊下で喧嘩している生徒たちやら、俺を置いて先にいけぇえと叫んでいるどこかのB級映画ばりの感動劇を繰り広げている生徒たちやら、なんともはや、結構面白い人間ばっかりだなあと感心していると、
 ある不吉なことが頭をよぎった。
 VIP料理って、高いのか?
 高いに決まってる。俺は急いで財布を取り出して残存兵士の確認を急いだ。
「……諭吉様がいるじゃなあぁい」
 思わず他人が聞いたら吐いてしまうような声色で言ってしまった。だが幸いにも周りには人が……いるにはいるが、それどころではない様子。とりあえず聞かれてはいないようだ。
 学食に到着。学食は特別棟とは別に作られた施設だが、特別棟から渡り廊下が整備されているのでそこから入る。広さは教室四個分と割と広めに作られていて、最大百人はここで食べることが可能。更にテラスに四十席用意されている。システムは入り口に置かれている自販機で食券をあらかじめ購入し、カウンターで引き換えと言うオーソドックスな方式が一つ。故に自販機前はいつも死闘が繰り広げられている。買った後も油断してはいけない。いつどこで誰が足払いして食券を落とさせようとしているか分からないからな。
 そしてもう一つが菓子パンである。菓子パンの場合は業者の人が毎日焼きたてのパンを机の上に並べられて、それを各自トレイに確保して代金を払うシステムである。皆行儀良く並んでいるがこちらは長蛇の列を作っているため出遅れればまず人気のないパンだけになってしまう。
 だが俺の目的地はここではない。その二階だ。
 学食の二階。そこは選ばれし者だけが到達できる領域。なんてかっこよく言ってみたけど、俺みたいな馬鹿がこんなところに足を踏み入れる機会があるなんてな。笑っちまうぜ。
 階段を上った先に目指すドアが見えた。外の喧騒とは無縁の、それこそ外界から一切の進入を拒むかのような、神妙な雰囲気をかもし出していた。思わず俺は階段の踊り場で踊って誤魔化して……踊るわけねーだろ、いくらなんでも。
 一人突っ込みもそろそろ疲れてきた。こういうのはさくさく行こうぜ。
 ドアの前までさくさくと上り、そこで深呼吸。
 ノックをしたほうがいいのだろうか?
 とりあえずドアにノック。
 コンコン。
「……………………」
 無反応。誰もいないのか。一人で待っているのは寂しいので俺はドアに手をかけた。
 瞬間、ドアが自動的に開いた。
「え!?」
 まさかVIPになると自動ドアなんていうハイテク装置がついているのかとか無駄金だなとか思ったが、違った。ドアを開けてくれた人がいた。
「――?」
 ひどく可愛らしい女の子である。色白で、どこか儚い印象を持ち、ガラス細工で出来たような雰囲気が感じられる。触れただけで壊れてしまいそうな華奢な体つきがそう感じさせられるのだろうか。そしてそれよりも、一番のインパクトは、
 ……小学生? そう感じてしまうくらい小さい。
 おそらく身長は140前後。制服のセーラーが合わないのか、袖の先に申し訳なさそうに指が覗いている。ただ、スカートだけはひざ上まで調節されていた。
「……浅羽さん?」
「――え?」
 いきなり俺の名前を呼ばれてびっくりしてしまった。こんな子と知り合いだったかと思案してしまったが、該当者ゼロ。
「…………」
 じーっと見つめられる。俺の反応を待っている。ここはギャグを言うべきなのか。……否定。雰囲気的にすべる確率無限大。
「ああ、浅羽は俺だけど」
「……」
 女の子は何故か俺の体を上から下へ目を滑らせた。何かの身体チェックだろうか。
「……たっちーから聞いてます。どうぞ――」
 ドアを開けて俺を迎え入れる女の子。たっちーって……誰だ? 生徒会の人のことを指していれば、橘先輩のことかな? あだ名なんて聞いたことない。当たり前か。
「失礼しま――」
 VIPというものは、ここまでゴージャスに待遇されるのか。
 そこはまさしく、高級ホテルのスイートルームの一室。まず、足元はカーペット。ありえない。上履きで入っていいのだろうかと本気で考えてしまう。そしてそこに用意されている机はもちろん、椅子にも頑張り過ぎている感が否めない。あれに座ったら普通に寝れそうなふかふか感が視覚からでも確認できる。そんな椅子に山戸撫子様もなんか既にスタンバっていらっしゃるけれど、それ以上にあの今時流行りのフルスペックハイビジョン大型液晶テレビがどーんと壁に掛けられているのが一番ふざけてる。そんなおおよそ公共の施設とは思えないくらい改造されている部屋は一クラス分の広さで一区切れされていて、次の部屋へはドア同士で繋いでいるようだ。
 俺が思いっきり口を開けて唖然としていると、さっきの女の子が、
「……靴、こちらです」
 入ってすぐ隣に靴箱が用意されていた。でもこれにはあまりお金をかけていないような気がする。それでも普通のご家庭にあるような仕様のものだが。
 ――なんとも、まあ。
「……スリッパです」
 誰の財源でこんなものを用意しているんだか。悪趣味にもほどがある。
「……お茶、用意してきますね」
 メイドさんっぽい人もいるし。いやそれは失礼か。とりあえず用意されてしまったスリッパに履き替えて中に入る。うわあ、歩きづれぇ。
 あの女の子は隣の部屋へ消えていった。この部屋には俺と山戸だけになる。俺の人生の中で、ここまで居心地の悪いと思ったことはない。山戸の前にはあの女の子が用意したと思われるお茶があったが、既に半分くらいは飲んでいた。別にそこまで観察する意味はないのだが、どうにもこうにも目が泳いでしまう。つーか色々と触ってみたいものもあるし。
 山戸がいきなり話しかけてきた。
「座ればいいだろ」
「は、はい!」
 変な緊張感があったせいか、元気よく返事をしてしまった。やっベー、超恥ずかしい。すっげー帰りてぇ。
 山戸がものすごく変なものを見たような顔で見てくる。
「……きもいぞお前」
 俺泣いちゃうかもしれない。
 とにかくこの話題から離れないと。
「――いつから居るんだ、山戸」
「さっき」
「そうか……」
 会話が続かない。どうする。窓から見ていたことを質問するのは地雷のような気がする。
「お前も橘先輩に呼ばれたんだ」
「……そうだ」
「――やっぱり、VIP料理目当てか?」
「――っ」
 お、なんか反応があった。
「やっぱり一度は食べてみたいよな?」
「……なんでお前に言わないといけない」
「いや、ただのコミュニケーション。仲良く会話しようぜ」
「……きもい」
 きもいって二回言われた。今までの流れで俺がきもいようなことを言ったか!?
 山戸は俺から視線を外しお茶を一口飲むと、俺に向かって話しかけるなオーラを放ち出した。
 強敵だ。
 だがここでめげたら究極に居心地の悪い空気になってしまう。
 とりあえず、座ろう。
 ここで山戸の隣に座るほど俺はチャレンジャーではない。
 山戸と一つ隣。これが今の俺たちの距離。だと思う。
 ガチャっ、とドアの開く音がした。
「……お待たせしました」
 本当に待ったぜ子猫ちゃん。うわあ、俺きもい。あの女の子は手に淹れたてのお茶をトレイに乗せ、それを両手で持っていた。つまり、ドアを開けた人物が他にいた。
 橘先輩だった。橘先輩は俺たちを一瞥すると、
「――役者は揃ったようね」
 ――あれ? これから何か始めるの? 食事は?
 俺のそんな疑問を頭の中でぐるぐる回していると、女の子は俺の前にお茶を置いてくれた。まさかこれだけ?
 橘先輩の後ろから男が二人現れた。一人はあの眼鏡。もう一人は初めて見る。ツンツンとした髪型でどこかワイルドな顔つき。身長は百九十を超えていそうなくらいの長身。体育会系だと一瞬で感じた。
「おっ。こいつは一癖以上ありそうな面だな」
 体育会系の兄ちゃんが言った。お前のほうが寝癖はありそうだぞと心の中で言っておいた。
「――じゃあ、一応みんなに紹介するわ。この子が生徒会執行部書記の、二年A組玉置鈴」
「……鈴です。よろしく、お願いします」
 ぺこり、と玉置はお辞儀をした。俺もつられて会釈。
「次。生徒会執行部会計の、二年D組堂園隆平」
「うっす。よろしくな」
 こいつが会計やってんのかよ。イメージに合わねえ。
「で、生徒会執行部副会長の、三年A組新井俊太」
「新井です。一応宜しく」
 眼鏡を中指で上げながら言った。それが癖なのか?
「最後に、生徒会執行部生徒会長、三年A組橘香織。これで生徒会の人間は全部よ」
「え? 四人だけ?」
「そう。だからあなたたちのようなヘルプが不定期に必要なの。協力してね」
 にっこりと、女神のような笑みで橘先輩が言った。
 ……絶対に協力しないといけないことにしたくせに。あの笑顔が一瞬悪魔のように見えてしまった。
 俺は椅子から立ち上がり、
「――一年C組、浅羽優です。宜しくお願いします」
 山戸も立ち上がり、
「――一年D組、山戸……撫子です」
「ほう、君が……」
 反応したのは堂園と言った男。
「噂には聞いている。ちょうどよかった。向こうで今玉置が新作のデザートに挑戦しているんだ。よかったら味見してくれないか?」
「っ……」
 一瞬、山戸の顔が赤くなったような気がした。そして手を口に持っていき、
「ど、どうしてもと言うんなら……」
 何を言っているんだろうこの子は。というか、俺が話した時と今の態度が全然違うのがなんかむかつく。
「……どうぞ」
 玉置はドアを開けて向こうの部屋へ招いた。ぞろぞろとみんなで向こうの部屋と集合してく。あ、あれ? 俺たちは何しにここに?
「ほら、浅羽君も来るのよ。意見は多いほうがいいでしょ?」
 ほえ?






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