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 昔話をしよう。
 あれは俺が中学三年の最初の中間テストが終わったときだ。俺はすこぶる普通に答案し、すこぶる普通、まあ平均点より下かもしれないが、とにかく普通な点数を取っているはずなのに、なぜか担任に呼び出された。
「放課後職員室に来るように」
 まったくなんだっていうんだ。いやまあ確かに、ちょっと早めに終えて残りの時間すべてを睡眠に当てておいたが、まさかちょっと涎がついて答案がにじんでなんて書いてあるのか読めなくなってしまった、とかか? あーそれだったら俺が悪いかもな。下になったやつのも汚れたかもしらないが、まあそれは適当に謝ればいいか。
 そんな適当なことを考えながら放課後、俺は律儀に職員室に足を運んだ。職員室はクーラーとかつけてやがるからドアを開けた瞬間涼しい空気が襲ってくる。すべての教室に付けろって感じ。
「失礼します」
 一応そう言って入らないといけないらしいから俺は言っておいた。このあとに自分のクラス、番号、氏名、用件も言わないといけないのだが、はっきり言って誰が言うかという反抗心があるので言わない。微妙に静まり返っている職員室の雰囲気に思わず居た堪れない気持ちになってしまうので、俺はさっさと担任の顔を見つけると、舌打ちをしてから担任の下へ向かった。
 ちなみに俺の担任は男だ。微妙に澄ました感じのやつで、少なからず女子に人気がある嫌なやつだ。担当は数学で学年主任もやっている。ああ、もちろん授業なんて聞いていない。
 ゆえに、
「浅羽、ちょっと点数を付けてみたんだが、お前かなりやばいぞ。進路とかちゃんと決めてるのか?」
 俺が決めてるわけねーだろ。そう偉そうに言っても呆れられるのはこの二年間で経験済み。
「ははは」
「笑い事じゃないだろ……」
「うーん、一応地元の学校でいいかなーと」
「そこですらも危ういんだよお前」
 地元の学校――そこは馬鹿でも入れるといわれている超低レベルな学校だ。そこですら危ういといわれてしまうと、俺はどこにも入れないといわれているのと一緒だ。
 そりゃまずいな。
「しっつれーします」
 ガラガラと音が鳴って職員室のドアが開いた。聞き覚えのある声だった。俺は反射的にそのドアのほうへ顔を向けた。
「よっ」
 ジュンだった。霧島純。俺と隣のクラスだが、昔からよく遊んでいる親友――もとい、悪友だ。その後ろでこれまた悪友の日暮明美、通称アケミがやっほーと手を振っている。
「スグルも呼び出されたのか」
「そうだ」
 ジュンの質問に担任が答えた。
「お前たち三人だけ、数学――いや、その他の教科も悪かったからな」
「おいおい、マジかよ」
「浅羽、まさか今回のテストに自信があったっていうのか?」
「いつも通りって言う自信は」
「いつも一桁だろお前は! たく……そんなお前達が心配なんだよ僕は。そこで僕はいい考えを思いついた」
 ドンッと担任は足元にあった紙袋を机の上に置いた。
「……いい考え?」
「中学一年から今まで習った全教科全ての問題集だ。三人分作ってやったから全部やってこい」
「無理に決まってるだろ!」
「なーに、今すぐやり終えろとは言ってない。期限は九月いっぱいまで。そして夏休みの宿題はなしにしてやる」
 何!?
「それとも違うのにするか? 過去五年間分の入試問題でも構わないぞ」
「――考えさせてくれ」
「だめだ。決定事項だ。というかこれ作るの大変だったんだ。僕の苦労を無駄にしないためにも、やれ」
 畜生。これだから権力にものを言う大人は嫌いなんだ。
 俺たちは担任から強引に渡された紙袋を手に職員室から出た。早々、
「あー、ムカつく!! チョーうぜーんだよあいつ! 名前もないくせに、ついでにもう登場しないくせにっ!!」
 ものすごい形相をしてアケミが怒鳴った。
「名前ぐらいはあると思うぞ」
「お前ら、時々意味わかんねえこというよな」
 苦笑してジュンは突っ込む。
「まあとりあえず、これをどうするかだな」
 俺がそういうと、ジュンは紙袋を見てため息をついた。
「オレらだけ先に夏休みの課題を出された気分というか」
「つーか、まじ成績悪いからってこんなの出さねーだろ、普通。私やらないから二人で頑張って」
「お前もやるんだよ馬鹿」
「ば……!? 馬鹿はてめーだろ! 毎回一桁の癖に! 私でも十五点は取れるんだぞ!!」
「はいはい、超低レベルだからあまり騒ぐと恥ずかしいぞ」
 アケミをなだめているジュンも成績は悪い。でも二十は取っているから驚きだ。
 それゆえ、
「お、浅馬鹿トリオだ。テストのたびに呼ばれてるよなお前ら。少しは勉強すれば?」
「うっせ、ハゲ」
 浅馬鹿トリオ。俺、ジュン、アケミの三人を指す言葉。この三人は必ず一つは赤点を取る教師からすれば頭痛の種の存在で、その中でも俺はほぼ全ての教科で赤を取ったことのあるつわものだ。そして浅馬鹿と呼ばれる所以がそれだ。



 そんな俺たちが、
「スグル、どうだ。番号あったか?」
「あったぼうよ!」
「ふふっ、私たちってやれば出来るじゃない」
 三人でハイタッチをした、春の訪れを感じる三月の下旬。浅馬鹿トリオは見事に地元の高校の中でも屈指の進学校「私立 応明学園」に進学を決めた。
 別にこれは馬鹿だった俺のサクセスストーリーじゃないからな、この入試までとかは結構色々あったけどカットするのであしからず。

 そして迎えた四月。
 ここから俺たちの物語は始まる――。






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