#1

「うっおおー!! すっげー! おい、スグル! こっち見てみろよ! サメだサメ!!」
「水族館ででっけー声出すな馬鹿」
「これが出さずにいられるか! うおっ!? こっち来たー! 喰われるーっ!!」
 本当に餌にしてしまおうかと本気で思うくらい、アケミははしゃぎっぱなしだった。館内にいる客の九十九パーセントはアケミの騒がしい様子を観察しているに違いない。
「はは。相変わらずだな」
「ジュン、お前も止めろ。あれはみっともない」
「ふふ。日暮さんは本当に子供ね」
「あんだと! これでも成長してるんだぞ!!」
 橘先輩の声に過剰反応するアケミ。成長……してるといいな。
「あ、ごめんなさい、前言撤回するわ。日暮さんは本当に大人ね」
「私の成長期を終わらせるな!?」
 水族館に響く怒号に似たアケミの声。止めてくれ。他の水棲動物が驚いて巣に逃げ込んでしまって観賞出来なくなるかもしれないだろ。
 案の定、スタッフの人たちがアケミに向かって注意をしに来たみたいだ。
 まったく、世話が焼ける。
 やってきたスタッフに適当に謝罪し、気を取り直して俺たちは水槽の中を優雅に泳いでいる魚たちを見る。
 館内は結構薄暗く、それは水中にいることを体感させるためだそうだ。そのため、水槽の上から出ている照明が時々魚の鱗を反射してキラキラと輝く。群れで行動する小魚系はなかなか見ていて楽しい。
 適当に魚の解説を読んでその魚を探す。すぐに見つけられる生物もいれば、全然見つけられなくて本当にこの水槽にいるのかと疑うときもある。こんな時は見つけないと気が済まないので俺はずっと水槽とにらめっこをしていた。どこにいやがる、ハタタテハゼ。
「何を見ているの?」
 俺が必死にハタタゼハゼを探していると、橘先輩が話しかけてきた。
「ハタタテハゼって言うちっこい魚を探してるんだけどさ」
「なんか言ったかスグル」
 アケミ、小さいに反応しすぎだ。
「岩の影にでも隠れているんじゃないかしら?」
「そうだな。しょうがない、諦めるか」
「よしっ! スグル、ペンギン見に行くぞ!」
 アケミは目を輝かせて言った。ペンギンねえ。子供に大人気だよね、あの海鳥。特に芸もしないけど可愛いから人気があるという点で言えば、動物園で言うところのパンダだよなあ。
「何してんだ! 早く来い!」
 ――ま、そんな冷めたこと考えててもしかたないか。
 あの子供丸出しの純粋なアケミを見ていると、ちょっとくらい付き合ってやるかと思わざるを得ない。我が儘を言う子供と、それに付き合わされる保護者みたいな感じだ。
 俺の隣に自然に並んでいる橘先輩が微笑んで言う。
「何だかあたしたち夫婦みたいね」
 どうやら思っていたことは一緒のようだ。
「俺もそう思った」
 投げやりに同意しておく。まあアレが自分の子供だと思うとちょっと嫌だな。
 ……あれ? これだけで会話を終わらせるなんて珍しいな。
 不思議に思って橘先輩の方を見る。
 顔を俯かせて俺の隣を歩いている。それ以外は何も変わったところはない。うーん、急に気分でも悪くなったのだろうか?
「どうかしたか?」
「ふへっ!?」
 びっくりさせてしまったようで橘先輩は勢いよく顔を上げた。
「べ、別に、あれは、深い意味で言った訳じゃないのっ。うんっ、だから、その、ね!」
 真っ赤に顔を染めて橘先輩は早口に言う。いつも冷静な顔をしか見てないからこういう反応をした橘先輩を見るのはかなり新鮮だ。新鮮すぎて、少し呆気に取られてしまったけど。
「俺も深い意味で言った訳じゃないから」
「そ、そうよね。深い意味じゃないわよね。何を言っているんだろうあたし」
 俺は苦笑した。
 なんだ。完璧だと思っていたけど、橘先輩も可愛いところがあるじゃないか。
「はいはい。夫婦漫才は結婚してからやってくれ」
 ジュンが俺の首元に腕を絡めてきた。
「別に夫婦漫才と言う訳じゃ」
「どうしてもやりたければいつでもオレが相手して」
「やらない」
 何とかジュンを振りほどいて、俺達は先に行っているアケミの後を歩いて向かう。
 確かペンギンがいるエリアは北側だったかな?
 ここの水族館は結構大きい。本館にはサメやマンボウなど大型魚類を中心に展示している巨大水槽を始め、一周三十メートルの回遊水槽、北の海や南の海に生息する生き物をそれぞれ約二百種、数にして一万の数を飼育している。本館から少し離れた建物には巷で話題のトンネル水槽もある。まるで水中を散歩しているようだと子供から大人まで大人気らしい。そしてその隣にあるプールがペンギンプール。個人的には、トンネル水槽の方が見たい。最後に海側に見える巨大な建物が、イルカショーなどを行うショープール。休日には数回イルカショーをやっていて、これを目当てに来る観光客は多い。
 本館から外に出てペンギンプールのある方へ向く。
 子供連れの親と一緒に最前列ではしゃいでいる子供がいるのが遠目でも分かる。
 俺は溜息を吐き、そいつの元へ向かう。
「うおおお〜! かわいいなあ〜! ほしいなあ〜! 卵ほしいなあ〜!」
 ……こいつ、危険だ。早く何とかしないと。
 すぐ隣にいる子供達でさえ引いている。
 次に何か変なことを言ったらすぐに連れ去ろう。
「お! 餌の時間だ! 飼育委員さ〜ん! 私にも餌をくれ!」
 俺はマッハでアケミの口を塞いで連れ去った。
 まったく、あまりスタッフの人たちを困らせるな馬鹿。
   





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