#2

「何しやがるんだこのラクダ虫!」
「…………」
 アケミの口を塞いだまま連れ去って人気のない建物の裏で解放したらそう言われた。イラッと来たが、いつものアケミらしい発言なので俺は安心した。
「お前も子供っぽいのは見た目だけにしてくれよな」
「なっ!? だ、誰が幼女だー!!」
 アケミのパンチが飛んできた。俺はそれを受け止めたり避けたりしてやり過ごす。発作を起こしたアケミのパンチは避けることはまず無理だが今のアケミなら余裕だ。
 すぐにアケミはバテるので適度にアケミをおちょくっておく。
「どうしたどうした! その程度では世界は救えないぞ!」
「くっ、こうなったら最後の手段を使うしかねぇ……」
「な、何!?」
 馬鹿な、やつの戦闘能力がどんどん膨れあがっていくだと!?
「はあああああ、――くらえっ!! 奥義!」
 アケミは身構える。右手を突き出し、腰を低く姿勢を落とす。
 そして叫んだ。
「クイックル、ワイ、パアあぁ――!!!!」
 だっせえぇ……。
 何故クイックルワイパーを叫んだし……。いや、確かに何かの必殺技っぽく聞こえたけれども。ただ右手を突き出して突っ込んでくるだけっていうのは、ださい。
 そんなことより、なんだか周りがカップルだらけだな。こういう所は家族連れが多いイメージがあるんだけど、それ以上に若い男女比率が多いみたいだ。
「おい、無視すんなよ!? 私が恥ずかしいだろ!」
「安心しろ、きっといいやつが突っ込んでくれるさ」
「それ前に似たようなの聞いたよ!?」
 繰り返すのはギャグの基本だろ。しかし三度目は飽きられてるだろうから別のを考えないとな。
「……あ、お芝居は終わった?」
 橘先輩が俺たちの様子を見て言った。
「――面白かったか?」
「ええ、非常に愉快な思いをさせていただいたわ」
 言ってることはすごく丁寧だけど、逆にアケミを滑稽な物として見ているような言い方な気がするのは俺だけだろうか。
「そうだろうそうだろう。そのまま笑い死んでもがき苦しんでのたじり回って死んでもいいんだぞ?」
「残念だけど、それは出来ないわ」
 アケミの敵意丸出しの発言を華麗にかわす橘先輩。
「だって……あたしたちの方がよっぽど面白いもの」
 そう言って俺の方を見る橘先輩。……え? 何それ初耳です。
「はっ! こちとら何十年もやってんだ! お前なんかにこのクオリティを超えられるわけがねえ!!」
 何十年はやってない。お前何歳だ。
「何だったら試して見る?」
 危険です、橘先輩。それは死亡フラグです。非常事態宣言です。今なら間に合いますのですぐにその発言を撤回して下さい。
「望むところだ!」
 お前も望むんじゃねえ。
「と言うわけなのよ、スグル」
「な、何が」
「私と夫婦漫才しましょう」
「しねえよ!」
「そういうことならオレにまかせ」
「だから死ねえ!」
 まったく、ジュンがいきなり入ってくるから少し語尾が強くなって意味が変わってしまったじゃないか。
「おいスグル! 面白い突っ込みしてんじゃねえ!!」
 いや今のは突っ込まざるを得ないだろ。不可抗力だ。
「じゃあ次はあなたの番ね」
「よしスグル! とっておきを見せてやるぞ!」
 あれ、いつの間にか勝負してるだと!?
「じゃあ客観的な判断でオレがどっちが面白かったか審判してやろう」
 いつもは止めるジュンまで乗ってきた。
 ……こうなったら仕方ない。別に止める理由もないし、止めるのは相当疲れそうだ。面倒だが二人に付き合ってやるか。
「霧島君お願いね。でも、ただ勝ち負けを決めるのは面白くないから、何か賭けない?」
 ちょっと待て橘先輩。そいつはちょっと危険すぎやしないか。
「いいねえそれ。んで、何を賭けるって言うんだ?」
 アケミも乗るな。賭けの対象を聞く前に同意するのは自殺行為だぞ。
「もうすぐあそこのショープールでイルカのショーをやるのだけれど、ここでいつもカップル限定でイルカとキスすることが出来るのよ。そしてイルカとキスしたカップルは、末永く幸せになるらしいわ」
「!」
 ふーん、なるほど。橘先輩がここに連れてきた理由はこれが目的だったのか。
「もちろん迷信なんだけど、折角だからキスされてみたいじゃない?」
「まあいい記念にはなるわな」
「そういう訳だスグル、絶対に勝つぞ!!」
 別にキスされたいだけなら俺かジュンが相手役をすればいいだけの話じゃないか? 何でそんなにやる気が?
「スグル、あたし達の方が息が合うって所を見せつけてあげましょう」
 見せつけてあげましょうって、そんなきらきらとした眼で言わなくても。というか俺が二人の相方をやらないといけないのか。
 ……はあ。
 自然と溜息がでる。まったく、どうしてこうなった。
「イルカのショーは今から一時間後だから、それまでにネタを作りましょう。ショートコントみたいなのなら一五分ぐらいで出来るわよね?」
「私たちをなめんなよ。今すぐにここで大爆笑コントだって出来るんだぞ」
「そう? じゃああたし達は打ち合わせが必要だから四十分ぐらいスグルを借りていくわね」
「――!? い、今ちょー面白いのを思いついた! これは今すぐ打ち合わせが必要だ! スグル、時間がないから来い!」
「お、おい!?」
 アケミは俺の腕を引っ張って飛び出した。
 まったく、俺たちは水族館にまで来て何をやってるんだろう。
 俺はまた一つ溜息を吐いた。







<BACK>  目次  <NEXT>