第八話

 柳田先輩がこのファミリーレストランに来たらまず注文するのはカリポテらしい。
 きつね色までこんがりと揚げてカリカリとした食感がたまらないそうだ。柳田先輩は一緒についているケチャップとマヨネーズをポテトで混ぜている。
「サクラ、これでポッキーゲームをするとおもしろいと思わないか?」
「なるほど、確かにその通りでございます」
 この二人が何を言っているのか分からない。訝しい視線でその光景を見てると、
「そう心配するな。私も慶太と同じ考えだ」
「……どういうことですか?」
 柳田先輩はナイフを僕たちにだけ見えるように取り出す。
「これが投げられたのは一つ、それも不意打ちだ。その後はないということは相当用心深い者だ。悪く言えば臆病者だよ。そういうやつがこんな大勢のいる場所で襲うということは地球が爆発するぐらいあり得ないね」
 確かに僕もそう思った。だからといって普通に食事を楽しめるものでもない。僕はため息をつくと柳田先輩とサクラはカリカリと音を立ててポテトを食べた。それにつられてサキもポテトをつまむ。
 ……ん?
「理想彼女も食事を取れるんですか?」
「ああ、人間の食べ物ならなんでも食べるぞ。消化することで電気を取り出してるらしい」
 うわぁ、理屈は分からないけど完全に生き物じゃないか。ますます理想彼女ってロボットとは思えなくなるぞ。
「さて、そろそろ本題に移ろうか。今は安全とはいえ、雑談して解散するわけにもいくまい」
 と言いながら柳田先輩はカリポテをカリカリと食べている。まるで緊張感が伝わらない。
「……と、まだ自己紹介がまだだったな。私は柳田かすみ。こちらが私の理想彼女のサクラ」
「よろしくお願いいたします」
 丁寧にお辞儀をするサクラさん。こちらもお辞儀を返す。
「えっと、サキです。お兄ちゃんとは妹ということになってます」
「ほーう」
 何ですか、ニヤニヤしないでください。変な意味はありませんから。
「まあいい。今日は慶太の部屋に泊まろうと思うのだがどうかね?」
「ちょっと待ってください意味が分かりません」
「そ、そうです! わたしたちの愛の巣を邪魔しないでください!」
 そういうことじゃないし立ち上がってでかい声を出さないで!
「サキ、落ち着いて」
「落ち着いていられません!」
「座ってください」
 ちょっときつめに言ってようやくサキははっとした。恥ずかしそうに椅子に座る。
「……それで、柳田先輩はどうして僕の部屋に泊まりたいと?」
「町中で襲われたのだ。寝込みまで襲われかねん。そこで私たちも一緒に寝食共にすれば襲われるリスクは減ると考えられる」
 確かにそれは否定できない。でも一緒に寝るのは倫理的にも物理的にも無理だし、相手に自分の居場所が分かっているのだから毎晩安心して眠れない。というか何泊するつもりだ。
「そもそも僕の部屋はまだばれていないですよね。これから尾行されるのは分かってますから相手を撒くことを考えましょうよ」
「たしかにその通りだ。だが無意味だ」
「なぜです?」
「サキはさっきから電波を発している」
 ああ。
「そのサキを連れて撒ける自信があるのか?」
「…………」
 難しい。
 交通手段もない。地理にも詳しくない。はっきり言って僕だけでは無駄だろう。迎撃態勢を整えていた方が希望がもてるくらいだ。
「……どこかにおびき寄せて四人がかりで捕まえるというのは?」
「なるほど名案だ。だが残念だが私も実際に試したことがある」
「……結果はどうでした?」
「相手はいつになっても姿を現してくれなかったよ。どうやら観察だけが目的らしい。今回もそうだと思うよ」
 どういうことだろうか。相手は臆病者、と考えていいだろうか。それとも戦う気がないということか。
 しかし、今回はナイフを投げてきた。明らかに戦う意思がある。
「観察するだけならナイフを投げたりしてくるんですか」
「鬱陶しいだろう?」
「すこぶるね」
「だから安心して眠れる環境を作った方がいいぞ、な」
 何故だろう。
 むちゃくちゃなことを言ってるのにまともに聞こえるのが困る。
「だからって毎日というわけにはいかないですし」
「そういえば君のアパートに空き室はあるかい?」
 空いている。
 しかも隣が。
「―ーありませんよ」
 いやな。
 いやな予感がする。
「嘘はよくないなあ慶太」
 ニヤニヤと不気味な笑顔を浮かべて言う柳田先輩。
 何故柳田先輩たちは僕のアパート方面にいたのか。
 何故嘘だと分かっているのか。
「……はは、本当にわかりやすいなあ慶太は」
 しまった、鎌をかけられたか!?
「……何がですか」
 今更しらを切っても遅いだろう。柳田先輩は本気で来るつもりだ。
 ……そこまでする理由は何なんだろう。何が彼女を動かしているのか。
 気にはなる。しかし今聞いても答えないだろう。
 ……頭が痛くなってきた。
「安心しろ、慶太の生活すべてに干渉するつもりはない」
「……そうですか」
「私も私で生活が特殊なものでな。簡単に言えば家を出たかったところだ」
「そのうち聞きます」
「なんだか投げやりになってないか?」
 もうどうにでもなーれって感じです。
「そういえば犯人の手がかりとか無いんですか?」
「あからさまに話題を逸らしたね。だがそれは私に聞くより隣に聞いた方がいいだろ」
 いきなり話を振られたサキは最後のカリポテを食べようとしていたところだった。わわわと慌てて姿勢を正す。あのーもう少し緊張感持ってくれませんか?
「え……と、すみません、思い出せないんです」
 思い出せない……って。
「エラーが出てて、たぶん、やられたときの衝撃で記録が壊れたかもしれません……お役に立てなくてすみません」
 なんということだ。
「……本当ですか?」
「……はい」
 柳田先輩は何か考えるような素振りをして、
「……理想彼女は嘘はつかないからな。これ以上聞いても意味は無いだろう」
 なるほど。嘘がつける機械なんて作ってもしょうがないか。
「しかたがない。理想彼女が見つかった場所でも訪れてみるか。何か手がかりがあるかもしれない」
「それってもちろん僕たちも?」
「土曜日の朝十時、駅前に集合でいいな?」
 話すら聞いてくれなかった。
「……了解しました」
 ため息をつきながら僕は答えた。
 僕の隣にいるサキは最後のカリポテをおいしそうに食べていた。
 サクラさんはその様子をただじっと見ていた。


<BACK>  目次  <NEXT>