第六話

 柳田先輩の提案は予想出来た。
 今までの話の流れ、サクラが戦闘に特化したようなキャラクターを持っているところをから想像するに、今現在敵と戦っているのであろう。
 ならば、やはり仲間は欲しいはずだ。犯人がどのくらいの規模の組織かは分からないが、一人で戦い続けるのは無謀としかいいようがない。
 そんなの勝手にやってくれって感じだが。
「……もし、断ると言ったとしたら?」
 柳田先輩は笑顔で制服の懐からコンパクトカメラを取りだした。
「今日は朝から大スクープを撮れたのだが慶太も見るかね?」
「喜んで協力させていただきます」
 まあ、そんなこったろうと思ってましたさ。
 そんなことだから友達がいないんだろうなーと思ったけれども。
「はは。宜しく頼むよ慶太」
 柳田先輩の素晴らしい笑顔を見て毒気が抜かれた。
「せいぜい頑張ってね不能野郎」
「ふ、不能じゃねーよっ!」
 かくして、僕は柳田先輩と一緒に犯人を倒すことになった。
 ……退学にならないなら何でもやるとは思ったが、どうしてこうなってしまったのか。


 * * *


 学校が終わってアパートに戻ると、部屋がピッカピカにされていた。
 あまりの美しさにぼうっとしていると、奥からサキが顔を出した。
「あ。お帰りなさいませご主人様」
 全身が出てくると僕は吹き出した。上のワイシャツしか着てなかった。しかも上の二つだけ留めていないから胸の谷間までよく見えるし、歩幅を大きくすれば青少年には見せられない所まで見えてしまう。頑張って履かせたズボンはどこへやった。あと、ご主人様って僕のことか?
「一杯突っ込みたいところがありますが、まずはその格好はいけないと思います」
「え!? これはご主人様の大好物だと伺いましたが」
「言ってませんからっ!」
 がーん、という効果音が聞こえそうなくらいサキは大ショックを受けた顔をした。
「そ、そんな……」
 このやりとりを後何回やればいいんだろう、なんて思ってしまう。
「それから、何故ご主人様と?」
「はい。行く当てのない私に居場所を与えて下さったご主人様の大恩を返すには、お仕えするしかないと決めたからです」
 そんなことを勝手に決められても困る。主に理性が。
 僕は天井を仰ぎ考える。ご主人様とかは百歩譲って我慢出来よう。だが、服装に関しては無理だ。思春期だから仕方ない。
 サキの服を買ってこないと。
「とりあえず、ズボンを履いてください」
「……分かりました。ご主人様がそう仰るのなら」
 だからご主人様と呼ばないでと言いたくなったが我慢した。こじれて長く引き留めたら首が疲れてしまいそうだ。何か良い名案はないものか。


 * * *


 待つこと数分。
 ズボンを履いてくれたサキと一緒に買い物へ行くために外へ出た。まずは服と下着。今の時期なら春物が値崩れしていることだろう。とは言え、女物の相場がよく分からない。でも男より高いと思われる。ブラジャーだけで五千円とかだったらどうしよう。
 でも、行くだけ行ってみますか。
 アパートから徒歩十分程度の商店街に到着。かゆいところまで手が届くとまでは言えないが、基本的な生活に必要な物は揃えることが出来る。僕たちは全国展開している衣料品チェーンストアの店の前までやってきた。
 売り場面積の七割は女性用。二割に男性用、一割が子供服と女性向けに力を入れているブランドである。非常にリーズナブルな価格設定とシンプルで汎用性の高いデザインが多くの主婦達に支持されている理由だろう。実際、店内にいるのは主婦と子供連ればかりだ。同世代の男女は見受けられない。
 まあ、だからここを選んだんだけど。
 そう言えば、
「サキは一人で買い物は大丈夫ですか?」
「はい。人間社会に紛れても分からない程度に何でも出来ますよ」
 それはもはや人間と同じである、と言うことか。
「じゃあこれ渡しますから、サキの服とか、下着とかを買って来て下さい」
 僕は財布ごとサキへ渡した。
「えっ!? これは?」
「予算は二万ぐらいだけど、足りますか?」
「ええっと、その……よ、よく分からないので、ご主人様が選んでもらっていいでしょうか?」
「無理です」
 がーん、と涙目を浮かべるサキ。ごめんなさい、でも無理です。男女間で服を選ぶ関係って身内とか、相当親近なことだと思うんだ。
 ……ん? そうか、
「サキが僕の妹として演じて貰えれば、色々とごまかせるか……?」
「へ?」
 僕の趣味とか性癖とかそんなの以前に、ご主人様と呼ばれるよりかはお兄ちゃんと呼ばれていた方が一般的に不自然ではないだろう。
「サキ、お願いがあります」
「はい」
「僕のことを今からお兄ちゃんと呼んでくれませんか?」
「へぇっ!? そ、それはつまり、そういうことですか!?」
「は、はい」
「わ、分かりました、お兄ちゃんっ」
 何がどうそういうことなのかさっぱりだが、勝手に納得してくれて演じて貰えればそれでいい。妹ならば一緒の部屋で過ごしても何とかごまかせる気がするし、服を選ぶのもありだろう。クラスメイトに出くわしても、僕のことはほとんど知らない連中だ。妹ですと紹介しておけば適当にあしらえる。
 なかなかの名案なのではないか。
「お兄ちゃんは妹属性っと――ロリコンかもしれない」
「……」
 サキが小声で何か言ったが聞かなかったことにして店の中に入った。
 早速目に映ったのはワンピースとカーディガンを着たマネキン。その隣にブラウスとレーススカートの組み合わせのマネキンの二体がお出迎えした。まあまあ普通で無難なファッションである。奇抜なメイクやファッションで個性を演出するよりこういうのが落ち着くな。
 まあ僕が選ぶわけではないから、サキの荷物持ちになってればいいか。
 と言うわけで、婦人服エリアへ足を運ぶと、
 隣の下着売り場で近藤沙希が下着を選んでいた。
 瞬きを十回ぐらいしてもう一度見てみる。近藤さんだ。近藤さんがピンクのブラジャーを選んでいる。目を擦ってもう一度見てみる。
 近藤さんと目が合った。
「――し、紫藤くん!?」
「こ、近藤さん!?」
 よりにもよって、近藤さんと出会うとは想像出来なかった。
 どうしよう。


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