第五話

「――理想……彼女?」
「そうだ。自分の描く理想の彼女を演じてくれるアンドロイド。通称、理想彼女」
 柳田先輩は続けて言う。
「慶太が今朝手に入れた彼女と同じさ」
「は……はは……」
 乾いた笑いしか出なかった。見られていた。そりゃあそうだろう。全裸の女の子を背負っていたのだ。見つからない方がおかしいのだ。
 頭では理解していたのに、この一言を聞くまではもしかしたら本当にただのお人好しかも知れないと思っていた自分もいた。しかし、その希望も完全に無くなった。
 希望が無くなって、半ばやけ気味になった脳で違和感を覚えたのはその時だ。
「……よくあの女の子が理想彼女だと気づきましたね」
 そうだ。近くから見ても人間としか思えない外見をしているのに、柳田先輩はサキを理想彼女だと知っていた。それが出来るのは二通りのパターンが想定出来る。
 一つ、サキを発見した状況からして、サキにナイフを刺した本人。
 二つ、人間と理想彼女を識別できる特徴等がある。
 前者であるならばかなり危険な人物であろう。サクラ、という柳田先輩の理想彼女の行動からも見て取れる。何かしらの理由があってサキを壊そうとしている。ならば、このパターンで柳田先輩が僕に要求してくることは、
 サキを、柳田先輩へ渡すこと。
「ま、その辺も含めて詳しく中で話すとしよう。慶太、立てるかい?」
 僕に手を差し出してくる柳田先輩。
 僕はその手を取って立ち上がり、柳田先輩に促されるまま中へ入った。


 * * *


 教室は暗く、意外と狭かった。
 広さは教室の半分。真ん中に長机が一つ。椅子が四つ。南側の窓はカーテンで閉められていて、その前にも長机が一つ。その上にテレビが一つ乗っている。黒板の横に資料が沢山詰まってる保管庫が一つ。後ろ側は全て本棚。アルバム本が沢山詰まっているようだ。
 僕と柳田先輩は向かい合わせに座った。サクラは柳田先輩の隣に立っている。
「さて、まず最初に話しておこう。あの彼女に危害を加えたのは私たちではない」
 柳田先輩はそう切り出した。
「慶太は今朝に携帯か何かのニュースで見ただろうか、理想彼女が殺されているという報道を」
「……見ました」
「なら話が早い。そいつらが壊しているのさ、理想彼女を」
「まったく、酷い話で御座います。わたくし達は主様を満足させるために作られたというのに」
 サクラが愚痴をこぼす。
 さて、この話をどう考える?
 サキはこう言った。所有者に暴力を振るわれて逃げ出した、と。その逃げている最中、サキは何者かに狙われた。ニュースで報道されていた理想彼女は全裸で発見されていたし、サキも全裸だった。同一犯ないし同一グループの犯行の可能性は十分ある。
 矛盾はない。この仮説を否定する根拠も今はない。
 結論。話の続きを聞こう。
「……なぜ、壊しているんですか? そいつらは」
「うむ。それについてはまだ直接聞いたわけではないから確証はないが、私はこう思っている」
 一呼吸置いて、
「理想彼女を使った兵器実験」
 理想彼女の耐久力、機動力、そして何より所有者への絶対服従。裏切らない、死を恐れない、壊されても後ろめたいものは残らない。後は大量生産出来れば、史上最強の軍隊が出来上がる。なるほど、兵士としては甚だしく優秀だ。これ以上ないと言っていい。
「理想彼女は表向きには寂しい男の妄想を満たすものだが、そういう使い方が出来ることを考える人は出てくる。理想彼女に銀行強盗でも貴金属でも盗ませたりな」
「確かにそうですけど、普通は対策とかしてあるはずですよね?」
 理想彼女が破壊されていた、と報道ではあったが、理想彼女が泥棒ないし殺人を犯したという報道は今まで無い。こういう部分のセキュリティは確かだと思われる。
「勿論だ。人間に危害は加えられない。強盗も出来ないし、おおよその犯罪行為は出来ないように出来ている。しかし、所詮プログラムだ。ウイルスでもバグでも改造でも、知識のある者がいれば意味は無いさ」
 結局は人の手で作られた物、ということか。
「さて、慶太。ここまでの話は理解出来たかね?」
 改めて椅子に座り直した僕に柳田先輩は訊ねた。
「……柳田先輩が、僕が拾った彼女に危害を加えたわけではない、別に真犯人がいる。犯人達の目的は分からないが、兵器として使えるか実験をしている。理想彼女は基本的に犯罪行為は出来ないが、改造を施して破壊活動を行えるようにしている。――そんなところですか?」
「素晴らしいね。それで合ってる」
 だが、僕が知りたいことはそれじゃない。
「……質問したいことが三つあるんですけど、いいですか?」
「うむ。まだ時間はあるね。答えられる範囲で答えよう」
「まず一つ目。改めて聞きますけど、何故あの子が理想彼女だと分かったんですか?」
 結局その話はしてくれなかった。犯人達も何らかの方法で区別をしているだろうから、知っていて損はないだろう。
「ああ、それはだね。その答えはサクラにある」
「サクラに?」
「ヘタレの分際で呼び捨てにしましたね、とっとと地獄へ堕ちて下さい」
「ご、ごめんなさいサクラさん」
「喋らないで下さい、地球温暖化の原因になります」
「ねえさっきから酷すぎるんですけど!?」
「理想彼女は特殊な電波を出すマイクロチップが埋め込まれていてね、それをたまたまキャッチしたのさ」
 ……そうですか。じゃあ僕もなるべく罵声はスルーすることにしよう。
「特殊な電波……って?」
「相手の顔色を伺うときに出るらしい。ま、要するに相手が何かして欲しいと感じ取ったら、そのように行動してくれる機能みたいだな」
 それが本当なら怖ろしいな。そんなのが広まってしまったら人間との恋愛をしなくなって人類は衰退いていくだろう。
「理想彼女同士だとその電波が分かるんですか?」
「常に出している訳でもないし、出したとしても近くにいないと分からないらしいがね」
「なるほど」
「こんなところでいいかい? 二つ目は何だい?」
「――僕を、ここへ連れてきた理由です」
「理由?」
 知り合ってもいないのに理想彼女を拾った、と言うだけで僕をここへ連れてくる理由になるだろうか。どうも不埒な男と思って説教するつもりでもない。想像するに、柳田先輩は好戦的な性格のようだ。もしかしたら、犯人達と過去に戦った可能性があるかもしれない。となると、
「僕が、その、犯人の一味だと思ったんですか?」
「確かに。その可能性があると思って近づいたのは認めよう。ただ、二秒もしないで否定したさ。あの時の慶太の反応と言ったら……くくっ」
「わ、笑わないで下さい」
「す、すまんな、……ははっ」
「そんなに愉快な反応だったのですか? わたくしも拝見してみたかったです」
 サクラさんは黙っててください。
「あー、もう、じゃあ三つ目の質問をいいますっ」
「ははは、うむ、いつでもこい」
「サクラさんって、この学校の生徒としているんですか?」
「ああ、サクラは別に授業には出てないぞ。クラスに入ったらばれるからな。ただマンモス学校だ、制服でも着せれば不審者には見えまい」
「……そこまでしてサクラさんを学校に連れて行く理由とか、聞いてもいいですか?」
「ん、……。意地悪だな慶太は」
 どういう意味ですか。
「……友達がいないのだ」
 ……え。
「さて、二番目の質問についてだが、本当の理由はまだ言ってなかったね」
 強引に話を切り替えて柳田先輩はこう言った。
「慶太、私たちと一緒に犯人を倒すのに協力して欲しいのだ。どうかね?」


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