#2

 いきなり目覚ましが鳴った。ものすごく驚いて飛び起きた。
 そしてまたかあいつかと思った。百パーセントの自信を持って言える。後であいつはフルボッコにしておこうと思う。しかし、まだお天道様は地平線から昇っていないらしく、真っ暗で目覚ましのスイッチを探すのに少し一苦労。あいつ何時にセットしやがったんだと時計の針を見る。
 四時四十四分四十四秒。
「…………」
 懐かしい、学校の怪談ネタだ。四時四十四分四十四秒に何かが起こる。まったく、あいつのネタは本当に意味不明で困る。というか本当に微妙な時間を設定してきやがったな。二度寝するかどうか微妙な時間だ。自慢じゃないが、休日なら軽く昼過ぎまで寝れる自信がある。まああいつらが来て起こされるけどな。しかし、今回はあいつらは来ない確率が高い。いや、俺が遊べないと宣言しちゃったからだけど。というか目覚ましを再セットすればいいじゃん俺。駄目だ、寝ぼけてて頭が回らなかった。とりあえず八時にセットし、俺は再び布団の中へ。
 しかし急に尿意が邪魔をした。無視して寝ようとするが、このままだとトイレをする夢をみていると見せかけて実は本当にしてましたという超面白い展開にもなりかねない。俺はしょうがなく布団から出ていそいそとトイレに向かう。
 階段の途中で足を踏み外した。
「うおおおお!?」
 一気に下まで落ちる。俺は決死のバランス感覚で何とかダメージを最小限にすることに成功。危ねえ。もう少しでちびりそうだった。畜生、あいつはぜってーぶっころだな。
 トイレを済まし、さて寝ようとなんとなくリビングの中を見ると、違和感。
「…………付いてる、か?」
 テレビが、画面が、びみょーに、灰色に浮かんでいるような…………。なぜか妙に嫌だ。これで勝手に映像が流れたら最高だ。
 つーか、ただの消し忘れじゃないか。まったく、俺のどじっこめ。電気代が無駄にかかっちまったじゃないか。
 じっとテレビを見つめてふと思う。本当に消し忘れてたのだろうか。
「…………、お、俺が、びびってるだと?」
 そんなことないね。見よ、この華麗な指さばきを。一瞬にして電源を切ることに成功したぜ。電源のスイッチを押しただけとか言うな。リモコンじゃなく直接電源を落としているんだ。そこを評価してもらいたいね。
 カチャンと音がした。
「ひやぁっ!?」
 奇声をあげただと? この俺が? 冗談じゃないね。きっと今のは早起きしすぎた鳥のさえずりさ。それにしてはとても可愛い声だな。やばい。さっさと寝よう。しかし何が音を出したのか気になる。あれは多分陶器系の音だ。……茶碗か? 俺は台所に向かって電気をつけてみた。
 明るくなったのと同時、床に一瞬黒い影がうごめいたのが見えた。
「出たーっ!?」
 ゴキブリだー!! 間違いねえ、あの黒光り、太古より生き延びた地球上最強の生命力を持つその体、人間よりも雑食と言う話を聞いたことはあるが、動物の死体の肉とか食べるのだろうか? どっちにしろ虫唾が走るぜ。
 殺す。しかし、獲物を探しているうちに逃げられるというよくある失敗をする俺。後でゴキブリホイホイでも買ってこよう。そんなことより、当初の目的を確認するためざっと辺りを見渡す。…………うーむ、何もない。何も落ちてない。さっきのは空耳だったのだろうか? 気持ち悪い。しかしこれ以上探しても見つかりそうにない。眠気が再び襲ってきた。このままだと立ったまま寝れるな。そんなアホなことはしないけど。なんとも後味の悪い感じを引きずりながら俺は自室に向った。
 これがアケミの仕掛けた罠だったとは知らずに。



 今度は自然に目が覚めた。うっすらと視界に入ってくるのは白い天井。目覚ましより先に起きてしまったのか、と目覚ましに目を向ける。
 なぜか十時四十五分を指していた。寝ぼけたかと思った。あわてず携帯の時計機能を確認。十時四十五分。間違いねえ、十時四十五分だ。ぴったりだ。そうこうしているうちに一分経った。
「……なぜだああああああ!?」
 俺は確かに八時にセットしたはず。いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。たしか橘先輩はいつ待ち合わせをすると言っていた? 十一時だ。場所は? スギカミ公園の噴水だ。ここから何分で行ける? 走って十分か? いやチャリなら何とかなるかも。飯は無理だな。意外と冷静な俺、さすが。ああっ!? あと十三分しかない。服は……適当にジャケットとジーパンの組み合わせでいいや。急いでパジャマを脱ぎ捨てる。勢い余って下着まで一緒に脱いでしまった。このお馬鹿! 貴重なタイムが……。
 いきなりドアが開いた。
「おいーす!! 今日の朝の目覚めはど……う……」
 ドアを開けたのはアケミだった。俺が現在下半身が若干フリーダムになっているこの状態に途中で気がついたのか、顔を真っ赤にして、
「きゃああああああああああ!?」
「うわああああああああああ!?」
 叫びあう二人。言っておくが俺は間違いなく被害者であり、完全に向こうが勝手に入ってきたのが悪いわけだが、
「こ、こ、この、変態!! 馬鹿!!」
 とか叫んで床に放置してあった雑誌を俺に投げつけてドアを荒々しく閉めた。理不尽。
「……なんつーガキだ。つか、いつの間にうちにきたんだよ」
 とか呟いてる場合ではないな。俺は急いで着替えを済ませ、一階に下りる。そこにまるで待ち伏せていたかのようにジュンが玄関に立っていた。
「おはよ、スグル。まあお前の言いたいことは分かるが、ここはよくある悪戯だと思って許してやってくれないか?」
「……アケミは?」
「そこにいる」
 とリビングのところを指差すジュン。このまま殴りに行ってやろうかと思ったが、とりあえず時間がない。
「……後で殺すと伝えてくれ」
「ははっ、りょーかい。じゃあ楽しんできな」
 ジュンに見送られて、俺は家を出た。既に太陽が真上に来ているかのように思える。とりあえずゲーセンで取ったやすっちい腕時計を見る。
 十時五十分。
 腹が減った。
 俺は自転車にまたがると、思いっきり踏み込んだ。



 その様子を見届けたジュンは、リビングのドアに歩み寄り、
「…………行ったぞ」
 がちゃ、とドアがゆっくりと開く。
「よし。私たちも行くぞ!」
「ほんと、お前はやるといったらやるやつだよな……わざわざ四時に起きてきて細工するとか、付き合わされる身にもなってみろよ」
「だって鍵持ってるのジュンだけじゃん。あいつ、私には予備の鍵渡さないんだもん、失礼しちゃう」
 その判断は当然だと思うジュンである。
「よし、無駄口叩いてないで、さっさと行くぞ!」
「はいはい」
 ジュンは外に出た。それに続けてアケミが外に出る。そしてジュンはスペアの鍵を使ってスグルの家の鍵をかけた。
「スグルめ……うちらを放っておいて一人だけ楽しもうだなんて思わないことだな!」
「とりあえずあんまり目立つことはするなよ」
 午前十時五十一分。尾行開始。






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