#4

 二人の待っている場所まで着くと、休み無く橘先輩と一緒に打ち合わせへ行く。二人の相手と別々の漫才をし、どちらも面白い突っ込みをしなければならないとか、改めて考えてみても意味が分からん。正直俺にどうしろという話だ。
 まあ、そもそもイルカとキスがしたいという理由だけならどちらとでもいい、と言うのが俺の本音だ。橘先輩が言っていた迷信は勿論迷信だから気にするようなものでもない。こういう意味の分からないことはさっさと終わらせてイルカのショーでも見てキスしてそれで終わりにすればいいのだ。
 しかし、橘先輩は一体俺をどこへ連れて行こうとしているのだろう。人目の付かないところとかではなく、普通に観光客と一緒に道を歩き続けている。この先にあるのは……入場門。
「……橘先輩?」
「せめてさ、呼び捨てじゃなくていいからさ、カオリ先輩って呼んでくれないかな?」
 思う。このまま外へ出て行ったらどうなるのか。
 彼女を呼び止めるにはその条件を呑むしかあるまい。
「カオリ先輩、どこへ?」
 くすりと、彼女は笑う。
「外」
 ああ、そうか。
 理解する。何故カオリ先輩は漫才勝負を持ちかけてきたのか。二人だけになれる時間を作り、かつ相手は絶対に追いかけてこない方法。恐れ入った。
「どうして外に出る必要がある?」
 確認する必要がある。その真意を。
「どうしてって……だって……」
 カオリ先輩は頬を染め、手を口元へ持ってきて小さい声で言う。
「恥ず……かしいから……」
 ぐらっと視界が歪んだ気がした。
 邪推していたことがもの凄く無駄になったような感じだ。
 もちろんこれが演技であり、俺を騙す方便だとしても、カオリ先輩がこの先どこに連れて行こうという話でもある。元々この水族館で遊ぶことが目的だったのだから、その後の事など考えていない確率は高い。
「確かにどこに行ったって人がいるからな」
「そう。だからね、いいところ見つけたの」
 え?
 カオリ先輩、それはどういう……?
「付いてくれば分かるわ」
 どこだ。
 一体カオリ先輩はどこへ連れて行こうとしているんだ。
 一。ホテル。
 真っ先にその発想が出てきた俺もどうかしていると思うが、大体こういうのは漫画なりアニメなり王道というかそれしか考えられないようなくらい高確率で出てくる。カオリ先輩ならやりかねない。
 いや、まだ日は高い。そのシチュエーションは艶妖なネオンを放っている建物を見て「ここここ、ここはっ!?」的な感じになったほうが面白いのであって、今はまだ慌てるような時間ではない。
 ではどこだというのか。
 情報が少なすぎて見当もつかない。結局の所、カオリ先輩に付いて行くしかないのか。
「……分かったよ」
 俺は渋々了承した。すると彼女は、
「そう言ってくれると思ったわ」
 笑顔でそう言われた。
 どうやら俺はまだ彼女の手のひらで踊らされているようだ。
 まあ、そう遠い場所にならないはずだろう。
 俺は先に行ってたカオリ先輩の後を追うように歩き出した。



 冷静に考えてみればおかしいところは色々あったとアケミは思った。
 あの乳牛宜しくラクダ女が漫才に夢中になるとかそもそも有り得ない。最初から二人だけになる時間を作る口実が欲しかったに違いない。
 だからなるべくスグルと一緒にいようと思っていたが、ここに来て状況が悪くなってしまった。とは言っても、自分からこの状況に陥ってしまったのだから話にならない。
 ここで嘆いていても仕方がない。考えるだけ考えよう。
 このままあのラクダが戻って漫才を披露? それだけで飯が三杯はいける。
 絶対に帰ってこない。
 あの女は目的のために手段を選ばない奴だ。そう思う。
 ならば、この後二人はどこへ行くのか。
 決まっている。海川公園のあそこだ。
 そうと分かれば、後は行動あるのみ。
 立ち上がる。隣にいるジュンが声を掛ける。
「どうした?」
 どこへ行くのか素直に言えば絶対に止められる。
「トイレ」
 そう言ってアケミは立ち去った。



 残されたジュンはすることもなく携帯電話を取り出して弄り始める。
 アケミが角を曲がって姿が見えなくなるのを確認すると、ジュンはメール画面を開いた。
 文字を打つ。極めて短く、淡々と一言。
『作戦失敗』
 送信し、携帯電話を閉じて天を仰ぐ。
「……ま、次があるさ」
 そうジュンは独りごちた。






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