#7

「じゃあ、ダブルデートにしましょう」
「ダブルデート?」
 アケミもだいぶ落ち着いたのでこの後どうしようかと考えていたときに、橘先輩がそう提案した。
「本当はこれから浅羽君と二人で水族館へ行こうと思ってたんだけど、どうせ二人ともくっついて来るんでしょ? だったら正々堂々と一緒にいた方がいいんじゃない?」
「あ、その水族館の割引チケットならオレ持ってるぜ。ちょうどいいかもな」
 ジュンは財布の中からチケットを取りだした。ジュンってこういうチケットをいつも持ち歩くやつだったっけ? まあいっか。
「さすがだぜジュン! ふっふっふ、そんな余裕を見せてられるのも今のうちだ。後悔させてやるから覚悟しろ!」
 びしっと橘先輩に人差し指で指差して宣言した。
「あら。日暮さんはスグルに告白でもするのかしら?」
 え? アケミが俺に告白だと? 何故に?
「ふにゃっ!? ち、ちがうっ!」
 顔を真っ赤っかにしてアケミは手をぶんぶん振って否定する。その様子を見てくすりと橘先輩は笑った。
「じゃああたしは何も後悔することはないわね。二人だけのデートは別の日でも出来るし」
「べ……別の日……だと……!?」
「スグルがいいというのなら一晩中でもいいのだけれど?」
 満面の笑みを浮かべて橘先輩は言った。きゃー、一晩中はちょっと俺まだ未成年なんで色々と困りますんで。
「この変態野郎!」
「いてっ!?」
 アケミに何故か叩かれた。
「何でだよ!? まだ何も言ってねえよ!」
「変態だから変態と言ったんだこの変態!」
「まあまあ。今更スグルが変態なことを言っててもしょうがないだろ」
 ジュン。止めるにしてももうちょっとオブラートに包み込むような言い方があると思うんだ。全肯定は地味に傷つく。
「それはそうと、ダブルデートだとして、組み分けはどうするんだ?」
「あら。別にこのままでいいじゃない。あたしはスグルと。貴方たちは貴方たちで」
「異議あり! 前半と後半でペアを変えるべきだ!」
 まあ予想通りアケミが異議を申し立てた。いつから前半でいつから後半なのかという問題があるが、どうせ今からが後半だと言うんだろうな。
「ふーん。日暮さん、そんなにスグルとデートしたいんだ」
「うにゃ!? ち、ち、ちがう! スグルは、そう! 私がいないと何しでかすか分かったもんじゃないからなっ!」
 お前が言うな。逆だ馬鹿。
「ま。スグルはあたしと一緒の方がいいわよね?」
 そう言って橘先輩は俺の右腕と腕組みをしてきた。きゃー何だかとても柔らかい素材で出来たクッションが当たってるよ!
「何やってんだ! スグル離れろ!!」
 今度はアケミが俺の左腕をひっぱいり始めた。俺はやじろべえ見たいに右に左に揺らされる。二人とも、止めてくれ。
「ちょっと、止めてあげなさいよ。スグルが可愛そう」
「でめえも引っ張ってるじゃねえか! そっちこそ止めろ!」
 右へ左へ引っ張られてすごく痛い。ジュン、助けて!
「じゃあオレはお前の後ろと繋がればいいんだな」
「あーっ!! もうグーとパーで決めようっ!! 男女に分かれて!!」
 俺が叫ぶと、引っ張り合うのを止めてくれた。ジュンは俺の後ろに回り損ねて残念そうな顔をした。まさか本気だったのかジュンのやつ。冷や汗が出る。
「スグル、どういうこと?」
 橘先輩が問う。
「橘先輩とアケミがグーとパーに分かれて、俺とジュンが同じくグーとパーに分かれる。それで同じ物を出した人同士でペアになれば恨みっこ無しだろ」
「なるほど」
 橘先輩は納得してくれたみたいだ。アケミもここは素直に納得してくれたようだ。橘先輩に文句を言っても言い返されてしまってなかなか勝てないと感じたからだろうか。
「――オレはスグルと一緒になれないのか…………」
 ジュン……何故心底がっかりする必要がある?
「スーパーの買い出しならいつでも一緒に行ってやんよ」
「はあ……。ま、それでいいさ」
 あまり納得してくれてないみたいだ。でも他に俺に出来るようなことはないし、それで納得してくれないかな。
 橘先輩は俺の右腕から離れる際、俺に聞こえるぐらいの小さな声で、
「――パーでお願い」
 と言った。
 ……マジっすか。
 こういう裏工作的なのは良くないと思うのだが、しかし裏切ってまで嫌ということもないし……。
 アケミも俺から離れたときに小さな声で、
「絶対にパーを出せよ」
 と言った。
 ………………。
 俺は悪くないよね。
 二人が勝手に言ってることだからね。
 ある程度離れた所で俺とジュンはぐっとっぱをした。因みに二回目ですんなりと決まった。勿論俺はパーを二回出した。
 たぶん異変に気づいたであろう、女性陣の方をおそるおそる見てみる。
「キサマ! 何でさっきからパーしか出してねーんだ!! さてはスグルと約束しただろっ!!」
「そんなことはないわよ。例え組み分けでも負けたくないだけよ。あなたこそ何故グーを出さないのかしら?」
「パーが好きなんだよ!」
 さっきからずーっとパーを出しては引っ込め、出しては引っ込めることを続ける二人。
 端から見ると、ものすごくシュールな光景だ。
「何だ、二人からパーを出せって言われたのか」
 ジュンは苦笑して言った。
「ジュン、どうやったらアレを止められると思う?」
「そうだな。組み分けをするからあんなことになってんだと思うぞ」
「――まあ、そうだよな。こんなことになるなら無理して組み分けする必要もないか」
 ということで、俺は今もパーを出し続けている二人の元へ向かう。さて、なんて言って二人を止めさせようか。
「……あのー、二人とも」
「ジュン、どういうこと!!」「どういうことだジュン!!」
 二人に怒鳴られた。
 いやでも俺は何も言ってないよ。二人でパーとか言ってただけだよ。
「――もう組み分け無しにして四人で行こう」
「……そうね。このまま続けても時間の無駄だわ」
「まったく、今日の所はこれで勘弁してやる」
 ふんっと二人はお互いにそっぽを向いた。
 この分だと、水族館に行っても大変なことになるだろうなあ。
 そんなのんきなことを考えていると、後ろからジュンが話しかけてきた。
「まあ、今回は運が良かったと思うぞ」
「え?」

「これでもし二人がお互い違うものを出せと言われてたら、お前はどっちを出してたんだ?」

 もし、違う物を出せと言われてたら。
 俺はどっちを出していただろうか。
「……そうなってたら……俺は……」
 橘先輩か。
 アケミか。
「……たぶん、橘先輩だろうな」
 元々これは俺と橘先輩のデートだし。そこにちょっかいを出してきたのがアケミだし。なんて深く考えないで言ってみたけど。
「そうか。悪いな変な質問をして」
 そう言ってジュンは女性陣の所へ向かった。
 何だろう。心の奥底でもやもやとした感情が俺を包む。アケミは恋愛の対象とは違うと思っていた。しかし、改めてそういう質問をされてしまうと、心の奥底にある何かが俺に訴える。
 それが何なのか、俺には分からない。
「……まあ、今はまだ、このままでいいんじゃないかな?」
 俺は小さく呟いて、先に行っている三人の所へ向かった。






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